NHKスペシャル「わたしをあきらめない」を見て思ったこと【後編】

#88

 
今回は、5月6日(水)に放送されたNHKスペシャル「わたしをあきらめない」を見て思ったことを書いていきます。
 
★どういう番組か

 
川崎市のとある小学校「5年1組」の1年間を追った番組です。担任の渡邉信二先生は、かつていじめが原因で自殺した川崎市の中学生を調査していました。
 
その経験から、「子どもを死なせない」ことを誓い、いじめをなくすための授業を生徒にしています。
 
自殺した中学生は、「こんな自分が生きている資格はないと自信を持てずに命を絶ちました。自分をあきらめていたのです。
 
そんな経緯から、番組のタイトルは
「わたしあきらめない」ではなく「わたしあきらめない」なのです。
 
熱血あふれる、涙もろい先生。子どもたちとの関わり方は印象的でした。放送時に投稿したツイートともに、色々と書いていきます。
 
長くなってしまったので、前編と後編で分けました。今回は【後編】です。
 
音声動画はこちら↓
 
【前編】はこちら↓

 

★「迷惑はかけない」は不可能

 
何度も先生に相談したら迷惑なんじゃないかと言っている生徒がいました。
 
「〇〇したら相手に迷惑になる」
 
そんな気持ちが働くことで、周りに相談せずに自分一人で抱え込んでしまうことがあります。僕も結構やりがちです。しかし、「迷惑はかけてもいい」という考えを新入社員のころに学びましたね。
 
会社ではどうしても、できないことばかりだった。先輩社員にも迷惑をかけてばっかりで、気持ちが滅入っていた。しかし、「新入社員は迷惑をかけるもの。先輩社員もよくわかっている。」というアドバイスをいただきました。
 
迷惑をかけないで生活することは無理だと思います。お互いが助け合い、支えながら生きているからです。
 
しかし大事なことは、相談をしたり迷惑をかけたりできるくらいの「信頼関係」がないといけません。ここでも、信頼関係が大事になってきます。
 
生徒に大切なことを伝えるためにも、そして、生徒の悩みを聞いてあげるためにも、信頼関係がないといけません。普段の行動がいかに大事であるか、身にしみて感じますね。
 
僕も、数少ない親しい友人には色々と話すことがあります。まったく相談相手がいない、というわけではありません。逆に、自分も誰かの悩みを聞くことはあります。
 
みんながみんな、支え合っています。自分一人では解決ができない壁が立ちはだかったとき、心を許せる相手には相談しましょう。それが、生きていくために必要なことだと思います。
 

★自分のことは自分が認める

 
どうしても、周りと比べて自分のことを判断してしまいがちです。「周りの人はできるのに、自分にはできない」。そんなことを考えたことがある方は多いと思います。
 
僕も、周りとは違うことが多くて、ストレスを溜めがちでした。自分に自信を持つことができていません(今でも多少…)。しかし、アドラー心理学を学んでからは少しずつ前を向けるようになりました。
 
アドラー心理学では、承認要求を否定しています。「誰かに認めてほしい」と考えてはいけないのです。他人に認めてもらうために、他人の人生を生きていたら幸せになれません。自分で自分のことを評価してあげる必要があるのです。
 
自分にはどういう特徴的があるのか、どういう面が他人よりも優れていそうなのか。それを考え、良さを伸ばしていくべきです。特に、自分の趣味は究めていくべきです。
 
僕は、電車に乗って旅に出かけ、そのことをブログやInstagramに記録します。カラオケにもよく行っていました。散歩をしながら標識を眺めるのも好きです。
 
新型コロナウイルスにより、アウトドアの趣味は現在少なめにしていますが、家でもできる趣味は解決がたくさんあります。ブログを書いたり、キーボードを弾いたり、ゲーム(=PRIME SMASH !)をやったりなどなど。
 
僕には、「どんな状況でも楽しむことができるという特徴があるようです。数字が好きなので、日頃の生活で目にする数字には敏感です。生活に趣味が溢れているのです。
 
それは、他人よりも優れていることだと思っています。そして、そんな良さを持つ自分を認め、前に進みたいと思っています。これからもブログ等のSNSで発信を続けていきたいです。
 
みなさんにもきっと、自分の良さがあるはずです。それをまずじっくり見つけ、伸ばしていく。そうすれば、徐々に自分のことをポジティブに捉えられるようになるはずです。他人と違うことを恐れてはいけないのです。
 

★「普通」より「変」が良い

 
いじめは、「あいつって変だよな」という気持ちから発生しやすいです。人は皆違うのだから、誰にでも「変」と思われる要素は存在します。逆に、なかったらそれはそれで変ではないかと思います。
 
授業で、生徒たちが自分の「変」を発表し合っていました。自分にも「変」はあるのだから、他者の「変」も受け入れようということです。
 
他人の「変」を材料にいじめをするのはよくありません。裏を返せば、自分の「変」でいじめられる可能性もあるのです。怖くて落ち着いて生活できません。
 
周りと差があることは当然。自分のことはもちろん、他者のことも認め、受け入れるです。
 
たしかに、「変」と言われたら嫌かもしれません。しかし、自分で自分を認めていれば、たとえ悪口を言われてもそんなに落ち込まないはずです。
 
僕は、自分自身が他人と違っている、「変」であることは知っています。だから、逆に肯定化しようとしています
 
「周りと同じ人間って、そんなに価値があるのだろうか?」
 
と思うようにしています。個性がある方が、魅力はあるはず。だからたとえ「変」と言われても、「他人よりも個性があるということだ!」と考えているのです。「普通」と言われる方が却ってショックですかね…笑。
 

★自分の経験談

 
そもそも、「同じ学年だからという理由で集団で過ごすことにメリットはあるのか?」と思ってしまうことがあります。いじめも起きているし、悩みを抱えている人は多い。
 
集団の中でうまくやっていくことは素晴らしいことです。ただ、必ずしも全員が集団生活に向いているわけではありません…。
 
僕は、大学での部活を通して様々な人と関わってきました。色々な飲み会にもたくさん参加しました。
 
他人と関わることに楽しさはあるけれど、長時間一緒にいると疲れてしまいます…(お酒が弱いのも一因かもしれません)。周りと趣味嗜好、考え方がずれているので、どうしても噛み合わないときがありました。
 
もちろん、人とのつながりは大切にしていて、時々会って話す人もいます。完全に一人になりたいというわけではないのです。ただ、集団生活は苦手ですね。どうしてもストレスが溜まってしまう…。
 
だから、なるべく自分に正直になろうと思っています。「飲み会=参加するものだ」という考えを捨て、行きたいときに行くようにしています。会いたい人に会うようにしています。その方が気持ちも楽ですし、ストレス無く生きていけるからです。
 
以前日記ブログでも書きましたが、
 

 
たとえ学校でうまくいかなくても、諦めることはありません。大学生や社会になったら、自分に合った人間関係がきっとできるはず。このことは子どもたちにも知ってほしいなと思いますね。
 
 
 
ここまで、
 

★「迷惑はかけない」は不可能

★自分のことは自分が認める

★「普通」より「変」が良い

について書いてきました。

 

★最後に

 
新型コロナウイルスにより、子どもたちは今までの日常生活を奪われてしまっている。会社の存続なども大変だけれど、やはり子どものケアについて第一に考えていかないといけません。 
 
この記事全体を通して特に大事だと思ったのは、やはり「信頼関係」ですかね。 信頼関係について、ずっと書いてきたように思います。
 
親であれば子どもたちに、教師であれば生徒たちに、良い影響を与えられる大人でありたいものです。
 
いじめによる自殺が起こってしまっている今、「子どもたち」と「死」は隣り合わせの関係にあると言えます。
 
渡邉信二先生の授業内容は考えさせる内容ばかりでした。僕自身も、子どもたちに何ができるかを考え、行動していきたいと改めて感じました。
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
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NHKスペシャル「わたしをあきらめない」を見て思ったこと【前編】

#87

 
今回は、5月6日(水)に放送されたNHKスペシャル「わたしをあきらめない」を見て思ったことを書いていきます。
 
★どういう番組か

 
川崎市のとある小学校「5年1組」の1年間を追った番組です。担任の渡邉信二先生は、かつていじめが原因で自殺した川崎市の中学生を調査していました。
 
その経験から、「子どもを死なせない」ことを誓い、いじめをなくすための授業を生徒にしています。
 
自殺した中学生は、「こんな自分が生きている資格はないと自信を持てずに命を絶ちました。自分をあきらめていたのです。
 
そんな経緯から、番組のタイトルは
「わたしあきらめない」ではなく「わたしあきらめない」なのです。
 
熱血あふれる、涙もろい先生。子どもたちとの関わり方は印象的でした。放送時に投稿したツイートともに、色々と書いていきます。
 
長くなってしまったので、前編と後編で分けました。今回は【前編】です。
 
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★子どもと対等に接することが大切

 

 
生徒を一人の人間として、まっすぐに向き合っていることは素晴らしいですね。
 
怒鳴ったりして生徒を従わせようとする先生がいますが、そういう行為では生徒と対等に接していません。
 
むしろ生徒を支配し、操作しているわけなので、子どもたちは嫌な気持ちになります。先生への不信感が募っていきます。
 
そのような先生に何か言われたとしても、心に響くでしょうか?響きませんよね。
 
普段から対等に接していないと、何か大切なことを伝えようとしても生徒には伝わりません。「うるさいな〜」と反発され、逆効果です。次の項目でも書きますが、生徒との信頼関係がないといけないのです。
 

★信頼関係ありきの授業でないといけない

 

 
いじめ」を授業で取り扱うのは難しいです。
 
そもそも、いじめに関する知識や対応策、経験談などがないとうまく伝えられません。
 
中途半端に伝えてしまったら、子どもに悪影響を及ぼしてしまうこともありえます。
 
前の項目でも書きましたが、信頼関係がないと子どもに声は届きません。
 
いじめの出来事を伝えたとします。もし信頼関係がなかったら、その内容はただの他人事として捉えられてしまうかもしれません。同じ方法でいじめてみようと思ってしまう人もいるかもしれません。そしたらむしろ悪影響…。
 
生徒によっては、いじめの話を聞いて学校にいることが怖くなってしまう人もいるかもしれませんそういう生徒が出ないようにどうやって伝えるべきなのか?そこらへんはとても難しい問題ですね。
 
子どもたちと「いじめ」は隣り合わせの関係にあります。「いじめ」によって「死」を選んでしまう人もいます。
 
つまり、子どもたちと「死」は隣り合わせと言えます。そのことをしっかり伝えるために、子どもたちとは良い関係でないといけませんね。
 

★「いじり」と「いじめ」は違う

 

 
西野亮廣さんの「革命のファンファーレ 現代のお金と広告」
 
という本で、「いじり」と「いじめ」の関係について書かれていて、その内容が印象的で覚えていました。
 
 
信頼関係のない「イジリ」はイジメだ。
 
イジリとイジメの境界線は言葉の強弱ではなく”信頼関係の有無”だと僕は考えている。
 
ちなみに、一つ前の文は以下のように書かれている。
 
問題は、「何を言ったか?」ではなく、「誰が言ったか?」だ。
 
この内容も印象的だったのか、放送当時のツイートにも同じことを書いていました(上記のツイート参照)。
 
仲が良い友人たちとであれば、ふざけ合うのは楽しいです。信頼関係があるわけなので。
 
しかし、そんなに仲良くないクラスの人に「ちょっかい」や「嫌がらせ」をされたら、悲しい気持ちにしかなりません。
 
子どもたちはおそらく、信頼関係の有無が大きく影響していることを知らないのかもしれません。
 
バラエティー番組で「いじられている」芸人さんを見て、それをそのままクラスの生徒にやろうとするのは間違いです。そういうちょっとした行動が、誰かを傷つけることになります。
 

 
担任や周りの大人が、間違いであることを教えて上げる必要があります。また、おかしい」ことは「おかしい」と言える環境がないといけません。
 
とはいえ、それはかなり難しいことではあります。
 
実際、「いじり」と「いじめ」を区別できていない大人もたくさんいるでしょういじめをしてきた子どもが大人になっているわけですから。大人による陰湿ないじめだって実際には存在するわけですし…。
 
自分の何気ない言動が、誰かを傷つけていないか?
 
いじっているつもりが、実はいじめになっていないか?
 
子どもの頃から考える習慣を身につけるべきではないかと思います
 

★集団生活はいじめが発生しやすい

 

 
特に、集団の中で浮いている人を批判したりいじめたりしがちです。どうしても目立ってしまって、いじめのターゲットになりがちなのです。
 
僕も、大きないじめには遭遇していないものの、周りと上手くやっていくことはかなり苦手でした。集団生活が大嫌いでしたね…。
 
中野信子さんの「ヒトは『いじめ』をやめられないという本では、いじめをゼロにすることは厳しいということを脳科学的に解説しています。
 

 
僕も、クラスで変わっている人や自分とは違う考え方の人がいたとき、どうしても嫌悪感を抱いてしまうときがありました。偏見の目で見てしまい、ますます悪い人間に思えてしまったのです。
 
でも、それは間違っていました。以前記事ブログでも書いたように、自分と違う人は皆「先生」なのです。
 

 
他者の行動を制限することはできないけれど、他者を受け入れることの大切さを伝えることはできます。教師としての役目が問われることではないかと思います。
 

★「死」が身近な存在であることを知るべき

 
渡邉信二先生は、自殺した生徒のことを授業で取り上げていました。ただ、保護者によっては「子どもに自殺のことを教えるなんてどういうことだ」と思う方もいるかもしれません。
 
しかし僕は、自殺による「死」について、生徒に教えたり考えさせることに賛成です。実際に子どもたちの現場で起こっているわけですし。この記事の冒頭にも書いたように、
 
子どもたちと「死」は隣り合わせの関係
 
と言えます。
 
クラスの生徒をからかったりいじったりすることで、どういうケースが発生しうるのか。奪われた命を無駄にしないために、実際に起こったことを伝えることは大切です。いじめを抑制する一つの方法になるのではないでしょうか?
 
子どもにとって、「死」はどんなものかはわからないし、考えることもないでしょう。突然友人がいなくなったら、どれだけ悲しいか。それを知ることは大切ではないかと思います。
 
どんなに大切なことを伝えても、全員に届くわけではありません。いじめは、全国のどこかで起こってしまっています。完全に無くすことは厳しいでしょう。
 
しかし、
 
「自分がいじめない」ということは可能です。微力なことかもしれませんが、まずは自分が他人に嫌な思いをさせないことそこから始めていかないといけないのではないかと思いました。
 
 
 

★子どもと対等に接することが大切

★信頼関係ありきの授業でないといけない

★「いじり」と「いじめ」は違う

★集団生活はいじめが発生しやすい

★「死」が身近な存在であることを知るべき

 

今回は以上の内容について書きました。まだまだ伝えたい内容があるので、続きは【後編】で書きたいと思います。
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
後編はこちら↓

 
 
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