光GENJIー95生80語ー1

#51

今回は、新しいテーマで書いていこうと思います。ずばり、「95生80語」です。

どういう意味かというと、1995まれの僕が、80年代に活躍したアイドルについてるというものです。かなりマニアックな話題になっています…笑。

以前、日記ブログでも書いたように、

最近は昔の音楽にはまっています。特に光GENJIの曲はよく聴いていますね笑。

僕が生まれた年に解散しているため、当然、直接彼らの歌を聴いた記憶はありません笑。当時からのファンには到底及びませんが、僕も好きな点やこだわりなどが色々とあります。

ということで、今回は「光GENJI」について、語りたいと思います!

何が書いてあるか?〜目次〜

1.経歴

 1-1.メンバー

 1-2.デビューからの流れ

 1-3.7人から5人へ、そして解散

2.なぜ好きなのか?

 2-1.パフォーマンスが素晴らしい

 2-2.曲がかっこいい

3.Favorite song ランキング

4.最後に

 

1.経歴

ここでは、僕自身が理解している範囲で、「光GENJI」の経歴について書きたいと思います。もっと詳しく知りたい方は、ウィキペディアなどを参照してください。

1-1.メンバー

光GENJIは、「」というグループと「GENJI」というグループが一緒になってできた7人グループです。(色は、メンバーカラーに対応しています。)

内海光司さん 1968年1月11日生まれ

大沢樹生さん 1969年4月20日生まれ

GENJI

諸星和己さん 1970年8月12日生まれ

佐藤寛之さん 1970年11月2日生まれ

山本淳一さん 1972年2月28日生まれ

赤坂晃さん 1973年5月8日生まれ

佐藤敦啓さん 1973年8月30日生まれ

1-2.デビューからの流れ

1987年8月19日、「STAR LIGHT」でデビュー。ローラースケートを用いたパフォーマンスが人気となり、たちまち社会現象になりました。

1988年、3rdシングルである「パラダイス銀河」でレコード大賞を受賞。年末には紅白歌合戦に初出場し。この年から6年連続で出場することになります。

デビューからの売上枚数の連続1位記録を8作連続に伸ばし、当時の最多記録を作りました(KinKi Kidsに抜かれるまで記録を保持)。

90年代に入ると、デビュー当時よりは落ち着いた曲が増えてくる。それでもファンの白熱ぶりは凄まじかった。YouTubeの動画を見ていると、ファンが彼らと一緒に大合唱している様子が頻繁に見られる笑。今ではあまり見られない光景のため、余程人気があったんだなーということがわかります。

1993年には、忍たま乱太郎の主題歌である「勇気100%」を発表。この曲は、今後多くのジャニーズグループにカバーされることになる。この曲を作曲した馬飼野康二さんは、忍たま乱太郎のキャラクターにも出てくる。

(馬飼野康二さんは、他にもジャニーズグループの曲をたくさん作曲しているため、ジャニーズを語る上で欠かさない人物である)

1-3.7人から5人へ、そして解散

1994年8月、大沢樹生さんと佐藤寛之さんが脱退。5人体制となり、グループ名も「光GENJI SUPER 5」に変わった。その後は忍たま乱太郎のエンディングテーマなどを歌っていた。そして1995年9月、光GENJI SUPER 5は解散した。

2.なぜ好きなのか?

僕は物凄く熱烈なファンと言えるほどではないため、特定のあるメンバーがと好きというわけではありません。どういう面が好きなのかを、これから書いていきます。

2-1.パフォーマンスが素晴らしい

当時は、ローラースケートでのパフォーマンスが人気を博していました。ローラースケートって、うまく滑るためにはそこそこ練習しないといけません(僕は運動神経が悪くてうまく滑れません)。

彼らは、ものともしない顔でローラースケートを滑り、かつダンスもするので、すごいなと思います。バク転する人もいますし、相当運動神経があるのだと思います。

パフォーマンスにおける新しい時代を築いたといっても過言ではありませんね。

2-2.曲がかっこいい

光GENJIの曲は、バラードというよりロックというか、迫力のある曲が多いです。

イントロは、聞かせる曲が多いですね。「勢いのあるスタートダッシュを決め、そのままのペースを維持する」という感じの曲が、初期の曲では多いです。若さ故に歌える曲だなと思います。

光GENJIの曲は、テンションを上げるために聞くことが多いです。聞いているといつの間にか元気になっていることもあるので、かなりおすすめです笑。

3.Favorite song ランキング

ここでは、僕なりに選んだ好きな曲(ただしシングルのみ)をランキング形式で発表したいと思います。入念に考え、ベスト10を選びました(順位を決めるのはとても大変でした…笑)。()の数字は、発表された年です。

第10位 Diamond ハリケーン(1988)

最初のイントロがとてもかっこいい。この曲は、迫力のある雷の音が特徴的です。リズミカルな曲で、聞いていてテンションが上がります。

第9位 風の中の少年(1991)

風が流れるようなイメージを表現した不思議な曲。「ひゅ〜るひゅ〜る」という歌詞は好きですね笑。サビのパフォーマンスもかっこいいです。

第8位 荒野のメガロポリス(1990)

この曲も、音楽に雷が出てきますね笑。全体を通してリズム感のあるかっこいい曲です。2番の歌詞が入っているものと入っていないものがあるので、ぜひフルで聞いていただきたいです。

第7位 愛してもいいですか(1992)

光GENJIの曲の中では珍しい、バラードの曲。聞いていて、とても切なくなります。カラオケでよく歌います笑。

第6位 WINNING RUN(New Version)(1991)

New Versionの方が好きですね。勢いがあって、伴奏が好きですね。歌詞も良くて、聞いていて元気をもらえます。

第5位 勇気100%(1993)

これは言うまでもなく名曲です。今聞くと、昔見ていた忍たま乱太郎を思い出します。いつまでも色褪せないこの曲は、本当にすごいなと思いますね。

第4位 ヨーソロー!未来へよろしく(1994)

曲名が変わっていてよくわからないですが笑、個人的にとても好きです。7人のダンスも素晴らしい。あの頃のパフォーマンスをまた見たいですね…。

第3位 Melody Five(1994)

5人体制になって初めてのシングル。大人のダンスという感じのかっこいいパフォーマンスが印象的です。間奏でのピアノの演奏がすごく気に入っています。

第2位 Don’t mind 涙(1994)

5人体制の曲で、忍たま乱太郎のエンディングにもなった曲です。なぜだかわからないけど、聞いていて惹き込まれてしまいました。元気を貰える名曲ですね。

第1位 この秋…一人じゃない(1993)

この曲を一番よく聞きます。落ち着いた曲で、聞いていて癒やされます。PVに京王線が出てきて嬉しいと思う自分は少数派でしょう…笑。これもかなりの名曲だと思います。

個人的には、初期の勢いのある曲も良いですが、後半の落ち着いた曲の方が好きですね(バラードが好きなので)。安定感があります。特に、馬飼野康二さんや松井五郎さんが手がける曲は好きです。

4.最後に

ここまでざっと書いてきましたが、いかがだったでしょうか…?

僕が生まれる前に活躍しており、今になってようやく彼らの凄さを知るようになりました。

一つ困ったことがあります。それは、光GENJIのCDが手に入りにくいということです。TSUTAYAにも少ししかCDが置いてないですし、BOOKOFFにもほとんどありません。おそらく、皆さんが買ったものを大切にしているということだと思います…笑。

そのため、もし光GENJIのアルバムを持っている人がいたら、ぜひ貸してほしいです。特に、「SUPER BEST TRY to REMEMBER」を探しています笑(アマゾンとかで売っているようですが高いんですよね…)。

光GENJIのことを知らない方が、今の世代は多いと思います。とはいえ、当時のスーパーアイドルだったわけなので、良い曲も多いです。この機会にぜひ聞いていただけたら嬉しいです。

マニアックな話になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

次のシリーズはこちらです↓

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「嫌われる勇気」を読むー4

#31

今や本屋で見かけないことはない名著として、「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)がありますね。

この本は、僕の今まで読んできた本の中で、最も影響を受けた本の中の一つです。今でも時々読み返すことがあります。

今回は「嫌われる勇気」を読むの第4弾ということで、第四章に書かれている「共同体感覚」や「賞罰」に関する内容を元に、学んだことや考えたことを書いていこうと思います。

前回までの記事をまだ読んでいない方はこちらを読んでからご覧ください。

どんなことが書かれているか?

 


 

0.これまでの内容について

1.共同体感覚とは?

→対人関係のゴール地点はどういうものなのか

2.賞罰教育はダメ!

→叱ってはいけない、褒めてもいけない

3.まとめ

——————————————————————-

 

0.これまでの内容について

これまでの3回で、目的論や競争、課題の分離などについて取り上げましたね。

行動には必ず何かしらの目的がある」という考え方や、「他人と競争や比較をせず、自分は自分である」という考え方。そして、「課題の分離をすることが対人関係の入口である」という考え方がありましたね。

今回は「共同体感覚」という、アドラー心理学の中でもコアな内容が出てきます。僕自身、まだ理解しきれていない部分がありますが、理解している範囲で説明できればと考えています。

1.共同体感覚とは?
→対人関係のゴール地点はどういうものなのか

課題の分離が、「対人関係の入口」としての考え方であるのに対し、共同体感覚は、「対人関係のゴール」と言われる考え方です。つまり、共同体感覚を理解し、それを実践することができれば、対人関係での悩みはなくなっていくということですね。

まず、共同体感覚は何かというと、

他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられる

ということで、「幸福なる対人関係のあり方を考えるもっとも重要な指標」といわれています。

説明文を見る限り、そんなに難しくないように思われます。他者を仲間と考えることは大切なことですし、自分の居場所があれば理想ですよね。

しかし、共同体感覚というのはそんなに単純ではありません。共同体というと、学校や家族などの狭いものを指すかもしれませんが、ここでの共同体というのは、それだけでなく、国家や宇宙といった幅広い世界、さらには過去から未来への時間軸についても考慮するのです。

これについては、僕もすぐにはピンと来ませんでした。スケールが大きすぎるのです…。

すべての共同体において、「ここは自分の居場所だ」も思うことは難しいですよね。どうしても、「この人たちとは相性が合わないな…」というケースが出てきてしまうはずです。

また、「学校や会社で対人関係がうまく行かず、家に引きこもる」という人も中にはいます。一つの共同体でのトラブルにより、外に出られなくなってしまうのです。

こういった背景がある中で、共同体感覚を理解するために押さえたいこととしては、

一つの共同体だけでやっていこうと考えないこと

だと思っています。たとえ学校などで対人関係のトラブルがあったとしても、あなたの味方になってくれる共同体はあるはずです。家族や親戚、習い事の友達など、周りとの繋がりが支えになるのです。色んな共同体があることを頭にいれておくべきですね。

僕自身も学科や部活、体育会本部など、様々な共同体に囲まれ、ここまで何とか過ごせています。特に周りの共同体に所属する人には、感謝しないといけないですね。

また、自分自身の意識としては、

自己への執着」から「他者への関心」へ切り替えていく

ことが求められます。要するに「自己中」になるなということですね。

自分勝手に行動したり、相手に迷惑をかける人は「自己中」と言われますが、「他者の視線を気にしすぎている人」も実は「自己中」に含まれます

「他者からどう見られているか」ばかりを気にかける生き方というのは、「わたし」にしか関心を持たない自己中心的な生き方なのです。他人を意識しているようで、自分のことしか見ていない…。こういう考え方は直したいなと思っています…。

今回は、上手く説明できていませんが、共同体感覚については今後もしっかり理解を深めて書いていこうと思っています。わかりにくい文章でこめんなさい…。

2.賞罰教育はダメ!
→叱ってはいけない、褒めてもいけない

前回の投稿で、「承認要求」をしてしまうことの背景として「賞罰教育」があるということを書きました。つまり、「叱る」ことと「褒める」ことですね。

叱る教育」と「褒める教育」のどちらがいいかを考えることがありますが、アドラー心理学ではどちらも否定します。それはなぜかというと、「叱る」ことと「褒める」ことのどちらも、相手を「操作」している行為だからです。

叱ることがいけないというのは、大体の人がわかると思います。相手を正しく行動させるための(悪く言えば自分の思い通りに行動させるための)行動ですよね。たとえ相手を自分の指示の通りに行動させても、相手がそれで納得しているとは限りません。むしろ、かえって反発されやすいのではないでしょうか?

「叱る」というのは、相手を従わせるためのコスパの良い手段ですが、必ずしも必要ではないのです。というより、「叱る」必要はないのです。しっかり相手と対話をして理解を深めながらトラブルを解決していけば、それでいいのです。

次に「褒める」ことについて。これも相手を「操作」する行為と考えます。どういうことかというと、

能力のある人が、能力のない人に下す評価

とアドラー心理学では考えます。

簡単な例を挙げると、子供が皿洗いをしてくれたとき、母親は子供に「よくできたわね」と言って褒めるかもしれません。しかし、同じ言葉を夫に向かって言うでしょうか…?

実は知らないうちに誰かを上から目線で評価してしまっていることがあります。上の例だと、「子供は皿洗いをする能力は低いけれど、今回は見事にやってくれた」という考え方が頭の中に潜んでいるのです。

このように、できる人ができない人を評価するという、「縦の関係」が出来上がっているんですね。

「叱る」というのも、上の人が下の人を評価しているものなので、「縦の関係」を作っているのです。

「縦の関係」を作ってしまうと、対人関係でトラブルが起こりやすくなってしまいます。ではどうしたらいいかと言うと、「縦の関係」ではなく、「横の関係」を作るべきなのです。

つまり、上下の関係ではなく、「たとえ先生と生徒のように立場は違うけれど、対等である」という考え方を元にした関係です。その際、誰かを評価することはしないのです。

この考え方については、次回でも詳しく書こうと思っています。

3.まとめ

今回はなかなか難しい内容でしたが、

共同体感覚というのが、「小さな共同体だけなく、より大きな共同体についても考えよう」ということ。

そして、

「叱る」ことや「褒める」ことが、相手を操作し、評価してしまっているということ。

これらが今回の大切な考え方です。

特に共同体感覚の内容は理解が容易ではなく、僕も誤解しているところがあるかもしれません…。より理解を深め、今後この記事の内容をより良いものに改善していければいいなと考えています。

また、本の細かい内容は書いていないため、興味を持った方はぜひ「嫌われる勇気」を読むことをおすすめします。

長くなりましたが、読んでいただきありがとうございました。

 

次の記事はこちら。

「嫌われる勇気」を読むー1

#25 

今や本屋で見かけないことはない名著として、「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)という本がありますね。

この本は、僕の今まで読んできた本の中で、最も影響を受けた本の一つです。今でも時々読み返すことがあります。

知らない人向けに書きますと、アドラー心理学という心理学を、易しく解説した本になっています。アドラーというのは、19〜20世紀を生きたオーストリア出身の心理学者です。精神科医や社会理論家でもあります。

内容は青年と哲人二人の対話形式になっており、アドラー心理学を知らない読者は、青年の立場で本を読み進めることができます。まるで目の前に岸見さんがいて、対談しているような感じがしますね。

今回、Facebookでアンケートを取らせていただきました。読んでいる方がどれぐらいいるか知りたかったからです。協力してくださった方、ありがとうございました。(Twitterの方は予期せぬエラーのため、アンケート結果が消えてしまいました。大変申し訳ございません…)

読んだことがある 6票(ただし自分の票を含む)
読んだことがない 10票

この結果だと、有名のわりには意外と読んでいない方が多いようです。

僕はこの本を読んで本当に良かったと思っていて、このブログでも発信したいと思っていました。

一度の投稿で本の内容すべてについて書くことはできないため、何回かに分けてこれから書いていこうと思います。

今回は「嫌われる勇気」の冒頭及び第一章を読んで考えたことを、今までの自分の経験談を交えて書いていきたいと思います。

~どんなことが書かれているか?~

——————————————————————-

1.世界はシンプル
→複雑だと思うのは主観の世界で生きているから

2.原因論ではなく目的論
→トラウマは存在しない

3.人は変われる
→ライフスタイルを自ら選択しているから

4.まとめ

——————————————————————-

 

1.世界はシンプル
→複雑だと思うのは主観の世界で生きているから

私たちの身の周りでは、色んなことが起こっています。勉強に苦労したり、友達と喧嘩をしたり、失恋したり…。

テレビのニュースでも、交通事故や殺人事件といったネガティブなニュースが流れてきます。一方、芸能人の結婚や景気回復など、明るい話題もありますね。

あなたは今、生活していてどう感じていますか?

「毎日が楽しい」、「嫌なことがあってしんどい」、「仕事にやりがいが持てずやめたい」。そんな様な気持ちがあると思います。

辛いことがあると、「どうして自分はこんな辛い目に合わないといけないんだ」「自分は恵まれていない」といったことを考えがちです。将来に希望が持てず、生きていくことに苦しさを伴ってしまいます。

しかし、アドラー心理学では「世界はシンプルである」と表現しています。今自分が生きている世界というのは、自分の視点から見える世界です。「景色をレンズ越しに見ているようなもの」と考えるといいかもしれません。

ものは考え様によって変わってくる」と言われますがまさにその通りで、主観的に物事を見ていることで、人生が楽しくも、苦しくも思えてしまいます。あくまでも世の中はシンプルで、自分の考え方次第で周りの景色は大きく変わるとアドラーは言っています。

高校時代、部活をやっていないこともあって友達がほとんどいませんでした。他人とコミュニケーションを取るのが苦手で、「何を話したらいいんだろう?」といつも悩んでいました。

周りの人は明るい性格で、容姿の優れた方もおり、異性の人と楽しく話している光景が教室でよく見られました。それを見ると、羨ましくてたまらなかったことを今でも思い出します。

どうして自分はこんなにもちっぽけな人間なんだろう。どうしてこんなに苦しい思いをしないといけないんだろう。

当時は切ない気持ちでいっぱいで、生きていくことに楽しみがありませんでした…。

今思うと、勇気を踏み出して行動せず、不満だけを言っていたんだなと思いますね。現状を何とか変えるために、できることをやらなかった。それが大きな原因でした。

このような辛い経験があったからこそ、大学では何とかしようと思い、体育会の部活動に所属しました。色んな体育会の方々との交流もありました。苦労も多かったし、たくさん迷惑はかけてしまったけれど、大学での経験は本当に価値があったと思えます。

同時に、自分の中のムシャクシャした気持ちが段々と解消され、他人と関わることの楽しさを知ることができました。高校では体験できない、違った世界を味わえていると思います。

後の内容にも関係しますが、

何があったかではなくどう解釈したか

が大切で、自分の行動次第で周りの環境は変えられるということを忘れないようにしたいです。

2.原因論ではなく目的論
→トラウマは存在しない

目的論という考え方は、アドラー心理学を理解する上で欠かせない内容です。

「論」と書いていますが、そんなに難しい内容ではありません。僕なりに解説すると、

原因論→過去の出来事が原因で今の行動が決まってくるという考え方

目的論→何かしらの目的を持つことで行動が決まってくるという考え方

アドラー心理学では目的論を唱えています。

例えば、今問題になっていることとして「引きこもり」があります。過去にいじめを受け、外に出るのが不安で出られない状態ですね。

普通、「不安だから外に出られない」(原因論)と考えますが、アドラー心理学では、「外に出たくないから不安という感情を作り出している」(目的論)と考えるのです。この考え方は画期的ですね。

なぜこのような考え方をするかというと、過去の出来事によって今の行動が必ず決まるわけではないからです。つまり、原因論を否定しています。

いじめを受けた人が、必ず引きこもりになるかというと、そうではありませんよね。中には自分を変えたいという気持ちを持って外に出て、活躍されている方もいらっしゃいます

外に出ると、また傷つく恐れがある。家にいれば、親などが心配してくれて、手厚く保護してくれる。そんな気持ちや思惑があるのかもしれません(人によって違うと思いますが)。

僕は受験期の夏休み中に熱が出て、一週間程寝込んでいた時期がありました。毎日暑い中高校に通い、勉強していた疲れが出たのだと思います。

家にずっといるようになると、外には出たくなくなります。僕の場合、外に出るとまた暑さにやられるかもしれないため、勉強せずに家でゆっくり寝て、親においしい食事を作ってもらえる生活が続けば嬉しいなーと思ってしまいましたね…。

しかしそういう生活を続けていくわけにはいきません。受験で失敗する可能性が高くなってしまいます。このままではまずいと思い、元気になったときに外出を再開させました。

僕の例はそんなに大したことがないかもしれませんが、行動の裏に「どういう目的があるのか」を考えると、自分を深く見つめる良い機会になると思います。あくまでも、過去の出来事は考えないのです。

そのため、過去の出来事が原因となって行動できなくなる「トラウマ」というのを、アドラー心理学では否定しています。1章でも書いた通り、

何があったかではなくどう解釈したか

過去に縛られず、今の目的を考えましょうということですね。なかなか実践するのは難しいですが、とても大切な考え方だと思います。

3.人は変われる
→ライフスタイルを自ら選択しているから

1・2で、捉え方によって周りの見方が変わり、過去に縛られずに今の目的に目を向けるべきだということについて書きました。

さて、私たちは小さい頃から親に育てられ、成長してきました。家庭よって子供の個性が違ってきます。性格も大きく違ってくるでしょう。

性格というのは、家庭の環境に大きく影響を受けます。中には自分の性格が嫌で変えたいと思っている人もいるかもしれません(僕もその一人です)。

周りに「もてている人」がいると、自分もあんなふうになりたいなーと思ってしまいます。特に高校時代、僕は劣等感の塊だったかもしれないですね…。

しかし、「誰かと同じようになる」というのは無理なのです。自分は自分でしかない。自分を受け入れるしかありません。とはいっても、変わりたいと思っているなら、自分を変えていく必要があります。

アドラー心理学では、性格のことを「ライフスタイル」と呼んでいます。思考や行動の傾向を差し、もっと広い意味ではその人の「世界観」や「人生観」を含みます

「○○という性格がある」と言うよりも、「○○という世界観がある」と言ったほうが、○○の部分は変えることができるように思えませんか?

「性格」だと変えにくいイメージがありますが、「ライフスタイル」と唱えることで、いつでも変えることができるということを訴えています。

誰かに生まれ変わることはできない。だから自分自身を自分で少しずつ変えていこう。

必要なのは(今ある状況を)交換ではなく(今ある状況を)更新する

ということですね。

多くの人が変わりたいと思っているかもしれませんが、実際は変われていません。どうして変われないのでしょうか?

それは、「変わらないという決断を下しているから」です。

今の自分であれば、多少不満があれど、これからの生活を不安なく生きていけます。自分を変えるとなると、多くの不安に襲われます。今までの経験は役に立ちません。変えるためには、大きな「勇気」が必要なのです。

アドラー心理学は、「勇気の心理学」とも言われています。勇気を出して行動できるか。それによって大きく変わってきます。

よく「○○が自分にはできるかもしれない」と思いつつも、行動に移せない場合があります。可能性の中で生きていては変われません。たとえできなかったとしても、挑戦しないといけないのです。

失敗しても前に進めます。改善し、立て直すことも可能です。昔の時代のように命が取られることはありません。失敗してもいいのです。

そういう理由があって、僕は今回新しい挑戦を始めました…!

4.まとめ

ここまで長く書いてきましたが、いかがだったでしょうか?

大切なことをもう一度書くと、

1.自分次第で周りの見え方が変わってくる
2.過去に縛られず、今の目的に注目する
3.勇気を出して自分自身を更新していく

これまでの人生に何があっても、今後の人生をどう生きるかには影響しない。私たちは、「いま、ここ」を生きている。

アドラー心理学は「常識へのアンチテーゼ」とも言われますが、一つずつ理解していけば、とても素晴らしい内容であることがわかってきます。

僕の理解を深める意味もあって、今回書かせていただきました。この内容を読んで、本書を読むきっかけになっていただけたら嬉しいです。

次回も(いつかわかりませんが)書きます。意見、感想等あればコメントしていただけると有り難いです!

読んでいただきありがとうございました。

次の記事はこちら。

「ゼロ」を読んでみたー2

#22 

1、2年前から読書が好きになり、ここ最近はしょっちゅう本を買ってしまっていた。しかし、「一度読んだらそれ以降は読まない」というパターンが多かったので、最近は良いと思った本はもう一度読み返すようにしています。

その中には、何度でも読む価値がある本もあります。今回、就活生であればぜひ読むべきだと考える本として「ゼロ(堀江貴文著、ダイヤモンド社)」という本を紹介します。

ここからだと見えませんが、上にはたくさんの付箋が…(笑)。読み返したいページがたくさんあるのです。

実はこのブログで以前も「ゼロ」について書いたことがありました。

(そのため題名に2がついているのです。)

以前は話題になっていたから読んだのですが、今回は就活生という立場で読ませていただきました。そのため、前とはまた違った感覚で読めたし、改めて考えさせられたなーと思いますね。

今回感じたことを一言で表現するなら、「一人では生きていけない」ということでしょうか。これから社会に出て、いろんな人と関わるわけなので、一人で何でも物事を進めるわけにはいきません。周りとの良い人間関係が築くことで、自分が幸せになっていけるんだなーと思いましたね。

本の中に出てきた以下の4つの言葉を今回ピックアップし、それぞれについての考察を書きたいと思います。

1、キョドるのは自信がないから
2、お金(給料)とは「もらうもの」ではなく、「稼ぐもの」である
3、物事を「できない理由」から考えるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。
4、自由と責任は必ずセットになっている

1、キョドるのは自信がないから

「挙動不審」になってしまった経験はありますか?立ち居振る舞いがおぼつかいことを言い、それを「キョドる」と言うことがあるそうです。

「自分は何をしたらいいんだろう?」と迷ってしまったときに、行動に移せない場合がありますよね。それは経験が少なく、自信を持てていないからだと言います。

堀江さんはこの本で自分の昔のことをさらけ出しており、女性とコミュニケーションを取ることへの苦労が語られていました。中高男子校のせいで、何を話したらいいかわからず、キョドってしまったそうです。

僕も昔からコミュニケーションは得意ではなく、そろばん塾に通っていたときも、中学や高校のときも、なかなか周りの人と話せなくて、ごく少数の人としか関係を保てていませんでした。

他人と話すことに慣れていなかったため、いざ人と話をするとなると緊張し、滑舌も悪くなり、思考は停止してしまいます。異性の方と話すのはすごい恥ずかしくて、昔は相当苦労しました。最近になってようやく、色んな人と話せるようになってきたかなと思います。

話せるようになったのは、大学に入って部活動を始め、様々な方との交流があったこと。さらには院生になって授業支援を担う支援スタッフとなったことで、年下の方との関わりが増えたことなどが挙げられます。そのような経験のおかげで、今では少しずつ、相手とコミュニケーションを取ることに対する恐怖心は消えつつありますね。相手と話せたら楽しいという経験を積めたからだと思います。

やはり何度も経験して失敗して…の繰り返しによって段々と物事に自信がついてきます。何か新しいことを始める上で緊張してしまうのは仕方のないことです。失敗を経験するうちに段々と自分の中に自信という心が育まれていくんだなーと感じました。

いろんなことを経験する。それが自分に自信を持つための地道な手段ですし、避けては通れないものだと思いました。

2、お金(給料)とは「もらうもの」ではなく、「稼ぐもの」である

社会人の方から「仕事どうですか?」と聞いてみると、「大変」「自由な時間が少ない」「飲み会が多い」といったネガティブなコメントをもらうことが度々あります。

しかし一方で、会社説明会やインターンシップに参加する先輩社員の方の話を聞くと、「とても楽しい」「責任ある仕事を任されてやりがいがある」といったポジティブなコメントを結構もらいます。まあそのように感じている方が、就活生と話をするような役目を担っているのかもしれませんが…(あくまでも偏見です)。

仕事を「楽しい」と感じる人と「つまらない」と感じる人とでは何が違うのか。

やはり働く上での意識の差ではないでしょうか。「働かされている」と「働かせてもらっている」のどちらの意識かによって違ってくるでしょう。

そしてそれにより、給料を「もらっている」と「稼いでいる」という2つの意識の違いが生まれくるのかもしれません。

やはり仕事をやっていて楽しい、やりがいがあると思えないと続きません。労働による生産性も落ちてしまいます。やりがいをどうやって持てばいいのかということに対し、本書では以下のように述べられていました。いくつか引用させていただきます。

やりがいとは「見つけるもの」ではなく、自らの手で「つくる」ものだ。

「好き」の感情が芽生えてくる前には、必ず「没頭」という忘我がある。

没頭しないままになにかを好きになるなど基本的にはありえない

仕事が嫌いだと思っている人は、ただの経験不足なのだ

自分でつくったルール、自分で立てたプランだったら、納得感を持って取り組むことができるし、やらざるをえない

自分の中で目の前の仕事にやりがいを見出し、それに没頭する。ルールを自分で決めることでやりがいを感じ、自分のやっていることに納得がいくということですね。

これは以前もう一つのブログで似たようなことを書きました。

やはり人の言われたとおりにただ行動するのではなく、自分なりに考えて行動することが大切で、それによってやりがいが感じられるのではないかと思いました。

3、物事を「できない理由」から考えるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。

「失敗を恐れて前に踏み出せない」という経験はありますか?僕もよくありますね…。

どうしても「〜だから無理」と失敗の可能性を挙げて行動を抑制してしまいがちです。できない理由ばかりが頭の中を支配するのです。

そうではなく、逆に「できる理由」を考えることが大切だと言っています。

僕は大学で体育会卓球部に所属していましたが、大学に入るまでは運動経験が全くありませんでした。

何か新しいこと、とりわけスポーツを始めようと思ったときに、「卓球であれば自分にもできそうだ」という考えがなぜか当時ありました。

中高と体育の授業で少しだけやり、とても楽しかった

というしょうもない理由でしたね…。いきなりサッカーや野球といった団体競技は足を引っ張るし無理だと思ったため、「個人種目の卓球であればポテンシャルがあるだろう」と勝手に決めつけていました。

予想できる通り、入部後は地獄のように大変でしたね…。体力もないしコミュ力もない。完全に部のお荷物状態の自分は、「何で入部してしまったんだろう?」と思わずにはいられませんでした。自分の卓球に対する軽い気持ちにより、結局自分を苦しめたのです。

しかし、先輩や同期、後輩に指導してもらいながら、何とか試合で経験者を相手に勝つまでに成長でき、やめずに引退を迎えることができました。中高卓球経験のない初心者でも、何とか体育会の部活動を全うできたのでした(もちろん多くの支えがなければできないことでした)。

今となっては「よく入部した」と自分でも思いますが、当時の根拠のない「できる」という自信が、自分の人生を大きく変えてくれたのでした。部活をやっていなかったら、今の自分はいないと思います。

「できない」理由ではなく、「できる」理由から探す。

なかなかできることではなく、難しいように思われるかもしれませんが、前に進むためには必要なことだなーと卓球部での経験から考えました。

4、自由と責任は必ずセットになっている

「社会人と学生の違いは?」という質問に対し、あなたならどう答えますか?

よくある回答が、社会人だといろんな仕事を任されるため、

「責任」を背負うことになる

ということです。働いている以上、会社の利益をあげるためには必死にやらなければいけません。

「責任」という言葉だけ聞くと大変そうだなーと感じ、社会人になりたくないと思いがちです。しかし、本書では「責任と自由はセット」と書いています。

子供の頃は、何をやるにしても親の言うことを聞かないといけませんでしたよね。物事における責任はなかったけど、同時に自由もなかったのです。

しかし大学生になって飲み会に参加するようになってからは、家に帰るか帰らないかは自分で決められるようになりましたね笑。もちろん帰らないからには自分で責任を持って行動していかないといけないです。

仕事に関しても同じことが言えるのではないでしょうか。責任はあれど、自分が主体となって動けます。上司の言いなりではなく、自分が部下を引っ張る。大変だけれども、自由もあるということを忘れてはいけないなと思いました。

以上4つが今回印象に残った内容でした。

もちろんまだまだ大事なところはあるし、書きたいことはたくさんありますが、ひとまずこれくらいにしておきます。

本書を読んで、働くことの大切さ、やりがいなどについてを改めて理解を深めることができ、働くことに対する不安を少しでも解消できたらいいなと思います。

そのためにも常に挑戦が必要です。ゼロにイチをたくさん足していきたいです。

気になった方はぜひ読んでみてください!

読んでいただきありがとうございました。

社会の真実の見つけかた

#7

僕は、この本を読んでかなりの衝撃を受け、やばいな…と感じずにはいられない。

「社会の真実の見つけ方」

僕らはテレビなどのメディアを通して情報を得ているが、それが必ずしも正しいとは言えない。また、僕らがあまり知らない衝撃的な出来事も世界で普通に起きていたりもする。

日本では、国内で起きた事件とかが優先して報道される。それも何らかの意図があって、テレビ局によって報道の仕方が異なっている。だから、一つのニュース番組あるいは新聞だけを読んでも、それが本当に正しい内容なのかはわからない。他の報道などと比較して、真実が何なのかを自分の頭で考えられないといけない。

10/22(日)に衆議院議員総選挙があります。最近、政党が分離したり合併したりしていて、今の政治の動きがわかりにくい。せめて自分の地区の候補者のことはよく調べて、投票に行かなければと考えています。

選挙に行かない人が最近多いそうですね。国会議員がよく不祥事を起こしたり、安倍政権による強硬な採決が見受けられますが、そういう行動をする国会議員を選んだのは誰かというと、私たち国民です。だから私たちにもある程度責任はあるのです。

昨年は世界で大きな選挙があり、予想外の結末となりました。

イギリスでは、EU脱退派がEU残留派の投票を上回りました。多くの人が残留すると思っていましたが、その予想は覆りました。聞いたところによると、「どうせ残留するだろう」と思って投票に行かなかった人が多かったそうです。それによって脱退派の勝利に繋がったと言われています。

アメリカでは、クリントンではなくトランプが大統領になりました。多くの人がトランプは大統領にならないと思っていましたが、その予想は覆りました。こちらも、「どうせクリントンが勝つだろう」と思って投票に行かなかった人がいたそうです。それによってトランプの勝利に繋がったと言われています。

投票に行かなかったことにより、予想外の結果を引き起こすことができるということを、上記の2つの選挙で思い知りました。同時に、投票すれば、その票が影響力を及ぼし、社会を変えることに繋がるということもわかりました。

どの政党が政治を行うべきかということに答えは出ないものの、既存の状況を変えたいのであれば、絶対に投票に行かないといけない。一票だけではそんなに影響力はないけれど、たくさん集まれば大きな影響力を持つ。それをしっかり理解して投票に行かないといけないなと感じました。

また、「知名度が高いから」とか、「何となくこの人がいいな」といった安易な考えで投票するのはやめましょう。無責任すぎます。政治のことがわからないとしても、わからないなりに考える。議員のマニフェストとかを読んで学ぶこともできるので、自分のこととして選挙に向き合ったほうがいいと思います。

日本では若者向けではなく、高齢者向けの政策ばかりが取り上げられている気がします。子供の貧困問題が最近頻繁に取り上げられるようになったものの、大きな進展はなさそうです。どうして若者のために政治が動かないのか?

それは投票に関係があります。自分を投票で選んでくれた人に対して、何か恩返しをしたい、その人たちのために役に立ちたいと思いますよね。投票している人の多くは高齢者の方です。そうなると、高齢者向けの政策に力が向けられ、予算もそちらに使われる。若者はあまり投票しないから、その人たちのために頑張ろうという気持ちは起きにくい。だからこそ、若者は投票して、政治家に「若者のための政治をしないといけない」という圧力を与えないといけないのです。

様々なことが書いてあってとても勉強になりましたが、この本を読んで、アメリカの教育の実態を知ってしまい、恐ろしいなと思ってしまった。特にやばいと思ったのは、ブッシュ大統領が作った「落ちこぼれゼロ法」という法律です。

「落ちこぼれを出さない」という目的のため、教員たちに一定の成績ノルマを与え、それを達成できないと罰金があるというもの。また、オバマ大統領の政策により、成績の良い学校には支援金が支給されることとなった。いわゆる各学校対抗の「賞金レース」だ。

学校には色んな生徒がいる。勉強が得意な人もいれば、苦手な人もいる。だから全員の学力をある一定の程度までに伸ばすというのは難しい。たとえ有能な教師であっても。

しかし、落ちこぼれが発生するのは教師の力量不足のせいだと見なされ、何としても落ちこぼれを出させないために(罰金が発生しないために)、わざと良い成績評価を生徒に与える先生もいるそうである。だから、小学校でトップクラスの成績の人が、卒業と同時に落ちこぼれに急転落する、といった事態が発生してしまう。

嘘の成績評価により、教師はなんでこんなにひどいんだ、と生徒の両親は不満になるし、おかしなことですよね。しかし、教師は本当におかしいのか?

教師も必死です。自分が生きるために、罰金が課されないために、成績が悪い生徒の成績を上げないといけない。上げないと、給料が下がり、教師自身が苦しむことになってしまう。本当はそういうことをしたくないのです。教師も苦しい思いをしている。アメリカでは、教師をやめる人が多いそうです。いったい、教師は何のためにあるのか、考えさせられます。

学校自体もお金のやりくりの問題があるので、「賞金レース」で勝たないといけない。嘘の成績評価をしてでもだ。つまり、学力の競争をしているわけだが、競争することに意味はあるのだろうか?個性を伸ばすことこそが求められる教育ではないのか?疑問を持ちつつ、お金のせいで政府のやり方に従わざるを得ないのが今のアメリカの実情だそうです。

学力を上げる対象は、障がいのある方も含みます。学習障がいや知的障がいなどのハンディキャップを抱えている人も同じノルマを課せられる。がんばればできるだろうという根拠のない考えで、何も配慮されていない。全員を同じようにさせているようで、ある意味洗脳というか、個性を潰すというか…。アメリカのやり方には驚きを隠せませんね…。

また、貧富の差が激しいことにより、お金の無い家庭は生徒に学校に行けないし、行けたとしても多額の借金(学生ローン)を背負うことになる。卒業しても、一定の期日までに返し続けないといけない。延滞は厳しいそうです。結婚したり、子供を作る余裕がない。将来に希望が持てないなと感じますね…。

それ以上に衝撃だったのは、貧しい人に対する軍への勧誘です。「軍隊に入れば収入は増える」だとか、「軍隊に入れば学費が出る」とか、そういった甘い言葉で若者を戦地に連れて行く。しかし結果的には、精神的な病に犯され、まともな生活ができない状態に陥る人が多いんだとか。学費が支給されても、それが自分の治療費に回さざるを得なくなり、結局大学では学べない。アメリカでは全員が保険に入っているわけではないので、治療費はものすごく高いそうです。今後の一生がとても苦しいものとなってしまう…。

アフガニスタンやイラクなど、アメリカが関わる戦争は長く続いています。戦争が長く続くのは良くないことですが、戦争によって儲けている業界もある(軍事品を売る店など)。また、アメリカの安全のために多くの若者を戦地に赴かせようとする。「教育がビジネスに」という言葉が本の章の名前でありますが、それがいかに恐ろしいことかを実感しました。

ウィキリークスなどによる情報暴露により、多くの人が思ってもいなかった衝撃の事実が明かされています。日本にも、実は恐ろしい現実が隠されているのではないかと思うと不安で仕方がありません。日本も教育関連で課題は山積みなので、しっかり議論して、改善されないといけない。そのためには良い政治家を選ぶ必要があります。だからこそ(話は戻りますが)選挙に行かないといけないなと強く思いました。

今回取り上げた本には、アメリカの同時多発テロによる、政府の国民に対する洗脳ぶりが詳しく書かれていました。ここでは書けないので、気になった方は読んでみてほしいなと思います。

長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

「ゼロ」を読んでみた

#3

僕はブログで色んなことを書いて、アウトプットしてきました。時には恥ずかしくて言えないようなことも書いたことがあったけど、まだまだブログに書けないような秘密はたくさんあります(笑)

今回「ゼロ」という本を読んで、ホリエモン(以下堀江さんと書きます笑)の素顔や生い立ちを知った。ご自身が逮捕され、刑務所にいた頃の辛い過去についても赤裸々に書いておられて、惹き込まれてしまった。堀江さんでも精神的に追い込まれることがあるのか、と思ってしまった。

簡単に意見、感想を書きたい。

 

僕は誤解をしていたのだが、堀江さんは特別な家庭で育ち、現在の活躍に繋がっていると思っていた。しかしそうではない。

本書に書いてある通り、堀江さんは普通の家庭に生まれ、育ってきた。それも福岡の田舎で、親の愛情にもあまり恵まれていなかったそう。自分の方が贅沢に育ったなと思ってしまった。

人生は運の連続

よく父親が言っている言葉だ。家族や親戚、友人や仲間。どんな人と出会えるのかはわからない。どんな境遇を迎えるかわからない。優しい親に育てられるか、虐待されながら苦しめられるか。学校では仲の良い友達が作れるか、作れないか。自分では変えられない要素はたくさんある。

ただ、そんな運に左右される人生の中で、自分の人生は自分で作らないといけない

僕はそろばんと出会い、熱中した。大学からは卓球を始め、迷惑はかけたもののたくさんの人と関わることができた。のど自慢にも出れたし、HIUの人とも交友関係が広がった。

大学からわざわざ体育会の卓球部に入るなんてなかなか馬鹿げていたかもしれない。周りは経験者だけなんだから。でも、自分は挑戦した。色々と大変なこともあったけど、卓球部として活動したことに悔いはない。のど自慢も、自分で出てみたいと思って応募した。その挑戦が実を結んだのは本当に良かったと思っている。

だから人生の所々での自身の選択が、今後の自分の人生に良い意味でも悪い意味でも影響を与える。先のことはわからないから、迷いながらも先に進むしかないんだなーと、堀江さんの波乱万丈の人生を知って改めて感じました。

そして、堀江さんが出所してからやりたいことに対する質問に対して、「働きたい」と言っていた。

起業当時から働きまくり、寝る時間も惜しみながら全力でやり抜いてきていたそうですが、逮捕されたことにより、仲間や会社を失ってしまった。僕だったら、ある程度お金が溜まっているのであれば、もう働くのはやめて、自由気ままにゆっくり暮らしたいと思ってしまう。

しかし堀江さんは働くことを貪欲に求めていた。自分の人生を充実したものにするために。お金目当てではないのだ。

僕は働くことに関して前向きになれなくて、仕事をしている友達の話を聞いても、あまりポジティブな話は返ってこなかった。自分も就職して働き出したとしても、長続きしないだろうなーと勝手に決めつけていた。しかし働くことに対する向き合い方が大事だということがよくわかった。

「働かされている」と思っている間はだめで、「働かせてもらっている」と思えるくらいじゃないといけない。やりがいがなかったら、どんなに高い給料でも楽しくない。やりがいを見つけて頑張ることが大切なんですね。同じ労働時間を我慢しながらやるか、楽しみながらやるかで人生は大きく変わってくるなと思った。

僕は働いていないから経験はないけど、やりがいを持って働いて、自分の頑張りが誰かのためになっていることを実感できたら嬉しい。「働いた甲斐があった」と思えたら、また頑張れる。そういうふうに働かないと確かにやっていけない。本当に嫌な仕事なら辞めて、別の、自分に合う仕事を見つけたい。

元朝日新聞記者で50歳で退職した稲垣えみ子さんの「魂の退社」という本を昔読みました。(アフロの女性の方です笑)

その本に、次のようなことが書かれており、印象に残っていたので、ここで引用させていただきます。

 仕事とは、突き詰めて言えば、会社に入ることでも、お金をもらうことでもないと思うのです。他人を喜ばせたり、助けたりすること。つまり人のために何かをすること。それは遊びとは違います。人に喜んでもらうためには絶対に真剣にならなきゃいけない。だから仕事は面白いんです。苦労もするし、思う通りにいかなくても逃げ出せない。しかしだからこそ達成感もあるし、仲間もできるし、人間関係も広がっていく。助けた人から今度は助けてもらえる。そのすべては、遊んでいるだけでは手に入らないものばかりです。

 本当に仕事って素晴らしいものです。お金を払ったってやりたいと思う。そう考えると、本当にやりたいことが次から次へと浮かんで止まらなくなります。

この稲垣さんの本は今年3月、つまり半年前に読んだのですが、堀江さんの本を読んで、上の内容がふと頭によぎりました(笑)。あの時に読んだ内容のことを言っているんだなと…!また読んでみたいなと思いましたね。

堀江さんの本は今までの考え方を覆す内容ばかりで、驚くばかりです(笑)過激な内容もあるので、批判を浴びやすいかもしれないですが、筋の通った正論ばかりで、とても勉強になります。自分も働くことに関して真剣に考えないといけないなーと思わせてくれた一冊でした。

読んでいただきありがとうございました!

 

続きはこちら。

「攻めるロングセラー」を読んでみた

#2

この本を読んで、まずやったこと。

それは「Twitterアカウントを検索した」ということ。そしてフォローしたということ。フォローすれば、少しは応援できますから…(笑)

パインアメくんかわいい…!

パインアメってすごい!
ただのアメだと思っていた自分は無礼者かもしれない。

そして、SNSが、今の時代を生き残る最強な「武器」となるということに気づかされた。

本を読むスピードが遅い僕でも、この本は1日で読めてしまった。それはわかりやすい文章で書かれていたのと、とても面白い内容が書かれていたという2つのポイントがあったから。

気になった方は写真の黄色い本を読んでみましょう。パインの色だからわかりやすいですね(笑)

パインの色です

この本で僕が感じたことを一言で言うなら、

「生き残るためには他者を巻き込むべき」

でしょうか。パインアメがロングセラーとして今も売れ続けている秘密がこの本にはたくさん書かれています。

そしてその秘密の内容は、「自分たちにもできるのではないか」と思わせるものだった。秘密という言い方は間違っているかもしれない(笑)特に、Twitterの周囲への影響力のすごさを学ばせてもらった(いただいた)。

「ロングセラー」として続いている「パインアメ」の本を読んだとき、真っ先に頭に思い浮かんだのは長寿番組である2つのテレビ番組だった。

「笑点」と「サザエさん」だ。

「笑点」は(*現在は)最初の10分が演芸で、残りの20分はお馴染みのメンバーによる大喜利で構成されている。

「サザエさん」は10分弱の「ショートストーリー」3本立て。番組終わりには、恒例の、サザエさんの、サザエさんによる、サザエさんのための国民的じゃんけん大会がある(笑)

両者は(悪く言ってしまうと)ワンパターンの番組構成が長年続いているのに、番組視聴率はどちらも常に高い。というか安定している。「サザエさん」に関しては、視聴率が下がるとネットで話題になるほどだ。

なぜだろう?視聴率を稼ぐために、何か工夫をしているのだろうか?僕はとても気になりました。そして自分なりに考えてみました。

明確な答えがあるかはわかりませんが、周囲の支持が常にあるというのは事実。

「笑点」は、(多分)お年寄りの方がよく見られていると思うが、一緒に子供、さらにはお孫さんも見ているというケースがありうる。僕は子供の頃、親が見ていたので一緒に見ていた。

「大喜利」って聞くと、すごく堅苦しくて素人にはわからないのではないかと思うかもしれない。しかし、回答者の答えはダジャレであったり、時事ネタを取り入れたり、自分のキャラを全面に押し出したりと、全世代の方が楽しめるような番組になっていると思います。

「座布団運びの山田くんの悪口を言って座布団を全部取り上げられる」というのも今や風物詩(座布団が戻ってくることもしばしばありますが笑)。偶然テレビをつけて笑点が放送されていると、ついつい見てしまいますね(笑)

「サザエさん」も、お馴染みのキャラクターがそれぞれの個性を全面に出し合っています。存在感のないキャラクターはほとんどいないのではないでしょうか?

「家族団らんで夕食を食べる。サザエが何か言うと、すかさずカツオが失礼なことを言う。サザエがそれに対して怒る。」というのはよくある光景。カツオの口が達者なのもいいですね。

あとはカツオが中島くん(もしくはかおりちゃんとか…?)といるときに、邪魔をするかのように花沢さんが介入してくる。「いーそーのーくーん!」という声かけを何度聞いたことだろう(笑)

よくある光景だけど、こういうのを見るとなんかほっこりしてしまいます。安定の面白さというか、安心するというか…。上手く表現できないけど、なくてはならないシチュエーションのような気がします。

どちらの番組も、見ていて安定しているというか、気持ちを落ち着かせてくれるものだなと思います。嫌なことがあったり、落ち込んだことがあって辛い気分になっていても、帰れる家、場所があったらうれしいですよね。「おかえりなさい」と言ってくれる人がいるみたいな。

そんな温かい存在に両者はなっているのではないかと思いました。だからこそ、長寿番組として人気を保ち続けているのかなーと感じました。

話はすごい脱線してしまったような気がするけど、パインアメも多くの方から支持され、愛されている商品であるから、売れ続けているんだと思う。

この本を読むことになったきっかけは、Twitterで見かけたということ。そして、身近にパインアメが好きな人がいたということ(笑)。そういう要素があったから、自分の目にこの本がロックオンされたんだと思う。

どういう本を読むことになるかは予測不可能。素晴らしい本との偶然の出会いに感謝です!

読んでいただきありがとうございました!

*余談を言うと、「笑点」は昔、番組の長さが40分だったらしい。しかし、徐々に番組の長さが30分単位に変わっていったことで、長さは30分になったということを聞いたことがあります。