アバカスサーキットF0満点への道のり〜13年間の記録〜【後編】

#155

 

物事を長く続けるべきか続けないべきか。自分なりに判断していかないといけません。長く続ければ良いというわけではないのです。変化の波に飲まれないよう、行動パターンを柔軟に変えていくことも時には必要です。

ただ、どうしてもずっと続けたいこともあります。僕にとってそれは「暗算」です。2001年5月にそろばんを始め、今年で20周年になります。まだまだ飽きることなく続けていこうと思っています。

さて、アバカスサーキットという通信競技において、1月にF0クラスの問題で初めて満点を取りました。これはずっと目標にしていたことで、この目標を達成するためにそろばんを辞めなかったといっても過言ではありません。

しかし、これまでの道のりは平坦なものではなく、度重なるブランクや引退を経て、今の自分がいます。そこで、せっかくなので満点までの13年間の記録をまとめてみようと思います。その過程で大事だと思ったこと、皆さんにも参考になるかもしれない内容もお送りしたいと思いますので、どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。

尚、アバカスサーキットの問題の難易度については、運営するサンライズ様のサイトを参照ください。

内容が長くなるので、【前編】【後編】に分けました。今回は【前編】です。

【前編】はこちら

 
前編では、大学2年生での引退のことまで書きました。後編はその続きです。
 

★1年ぶりに練習に復帰!〜大学時代②〜

 
大学3年生になってからは、部活に専念しました。9月まで現役だったので、それまでは週6で練習をこなしていきました。引退が近づくにつれて焦りもあったし、コミュニケーションを上手く取れない苦労も重なり、かなり辛い時期でした。
 
下記の記事でも書いたように、相手のことを考えて行動することの大切さを学びました。結構な時間を部活に奪われてしまいましたが、良い経験ができたと思っています。これは、現在のそろばんの指導にも活かせています。
 

さて、引退後も多忙を極めていました。教職のためです。
 
数学と情報の教員免許を取ろうとしていたので、教職科目をたくさん受けないといけなかったのです。ほぼ毎日5時間目まであって、家に帰るのは毎回夜7時すぎでした。部活の頃よりは早かったけれど、ゆっくりはしていられませんでしたね。
 
そんなとき、暗算の練習はというと、時々気晴らし程度でやっていました。とはいっても、月に1, 2回くらい。
 
しかし、引退前からそんなに点数は落ちていませんでしたなんとかすべての種目を埋めることができていたのです。
 
頭ではわかっていました。暗算をやりたかったのです。自分にはやはり、そろばんが一番でした。
 
大学4年からは研究室配属となりましたが、授業数はごくわずか。大学生活で初めて、時間に余裕ができそうだったのですそのタイミングで、またアバカスサーキットをやろうと決意。
 
2016年4月。大学4年の春。1年ぶりにアバカスサーキットを再開しました。
 
色字は最高点更新、太字はタイ記録
 
280点以上をキープしつつ、夏に290点を突破10月には296点を取り、自己記録を3年ぶりに更新しました。
 
もう少しで満点が取れそう、というところまで来たけれど、足踏みが続きました。一度にすべての種目で満点を取ることは至難の業だったのです。
 
あるあるなことですが、とある種目で調子良く点数が取れたとき、他の種目はあまり良くないことが多いです。「全部が全部良い点数が取れる!」というタイミングはそう多くありません。
 
練習をがんばっているけれど、点数が伸びない時期があると思います。一見、まったく成長していないように思うかもしれませんが、成長しているので安心してください地道な練習を長期間コツコツ繰り返してようやく、点数は上がっていくのです。そうすれば、「全部が良い点」という状態になるのです。あとは諦めずに続けられるかどうか…。
 
「地盤固め」とでも言うべきでしょうか。特に難しい暗算の場合、できるようになるまで時間がかかります。年単位でできるようになるケースも少なくありません。だから、点数がすぐに上がらなくても気にしなくて良いのです。練習をちゃんとやっているのであれば、大丈夫。長い時間をかけて地盤固めをしていけば、それが将来大きな力になると僕は思っています。
 
さてこのとき、実は一つ狙っていたことがありました。それは、そろばん教室初のF0満点者になることでした。まだ満点を取った人がいなかったので、自分が一番先に取ろうと意気込んでいました。しかし、その夢は潰えることに…。
 
大学院生になり、徐々に練習時間が確保できなくなってきましたそれでも何とか290点以上をキープしていたのですが、満点は取れそうにありませんでしたね。
 
そんなとき、先を越されてしまったのです。急成長していた後輩がF0満点を取ったのでした。
 
狙っていただけに、少しショックでした…。しかし、仕方ありませんでした。そのときはすでに、練習がほとんどできていなかったのです。完全に自分の実力不足でした。
 
その後、研究活動に専念しないといけなくなってきてしまったため、アバカスサーキットの本番を欠席するようになりました。それと共に、今までのやる気、気力がなくなってしまいました
 
復帰から1年ちょっとでフェードアウト…そろばんを辞めていってしまいました。
 
もう、今度こそ、これで終わりだ。結局満点は取ることができなかった…。
 
悔しい気持ちが残りつつも、気持ちの整理をするしかありませんでした。ここからしばらく、そろばんからは手を引くことになりました。実に約3年間!
 
約3年間、アバカスサーキットをやりませんでした
 

★会社を辞め、3年ぶり2度目の復帰〜現在〜

 
3年の時間が過ぎました。研究をなんとかこなし、修士論文を書きました。内定をいただいた会社に入社し、ごく普通の生活を送っていました。
 
しかしー
 
僕は会社を辞めました。2020年2月。入社してから10ヶ月でした。もうあれから1年が経つんですね。詳しいことは下記の記事でも書きましたが、会社員としてやっていけそうになかったのです。
 

 
会社を辞めた後、先生に声をかけていただき、再びそろばん教室の手伝いをすることになりました。大学生のときに何度かやっていましたが、3年ぶりに戻ってきました。
 
かわいい子どもたちの姿を見ていて、少しずつ元気が出てきました。自分が叶えられなかったF0満点を、いずれはみんなに達成してほしい。そんなことを思っていました。
 
しかしー
 
頭ではわかっていました。暗算をやりたかったのです。自分にはやはり、そろばんが一番でした。
 
(少し前にこの文章を書いたような…笑)
 
こうして、2020年4月から再びアバカスサーキットを再開しました。約3年ぶりです。まるで死んでは生き返る不死鳥(?)のように、アバカスサーキットに戻って参りました笑。
 
色字は最高点更新、太字はタイ記録
 
練習量はそんなに多くありませんでしたが、短時間で集中して練習し、元の状態に戻すことができました。
 
7月には、ついに自己最高となる298点約4年ぶりの記録更新でした。とはいえ、とても惜しい点数でした。F0満点が、今までで一番近くにあるように感じました。
 
僕の練習意欲を上げてくれたのは、昨年12月に開催されたそろばんクリスマスカップでした。オンラインではありましたが、出るからには良い点数を出したくて必死に練習しました。
 
自作プリントも作成し、苦手なところを重点的に練習しました。練習量では他の選手には勝てないので、質で何とかするしかありませんでした。
 
(以前よりも飽きっぽくなっていたため、練習は短時間でした)
 
大会では、大ゴケはしなかったものの、思うように良い点数が取れなくて悔しかったです。
 
そこから、また練習を継続していきました。もし来年出るとしたら良い点数を取れるように。そして、F0満点をちゃんと取るために。練習を続けていきました。
 
今はコロナ禍で大会が少なくなっていますが、大会は人を成長させてくれます。大会で良い成績を残したくて、必死に練習します。そういうときって、「大変」という気持ちよりも「楽しい」という気持ちのほうが上回っているので、「いつの間にか上達していた」となるパターンが多いように思いますね。
 
あとは、自分なりに練習の仕方を工夫するのも大切。教室では教室のルールに則った練習方法がありますが、自分ひとりで練習する場合は「自分専用の練習メニュー」を設定してあげると良いと思います。
 
苦手種目だけやったり、一部の種目だけを何度も繰り返しやったり、制限時間を変更してみたり、色々とやりようはあるはずです。自分の練習意欲を上げてくれるような練習をしてみると良いのではないかと思います。
 
どう練習すべきかについては、以前書いた記事ブログを読んでいただければと思います。

 
そして、2021年1月ついに念願の満点を達成しました…!
 
字が汚く、タイムもあまり良くなかったため、納得のいくものではありませんでしたが、それでも長年の夢を実現することができて嬉しかったです!
 
F0初挑戦は、2007年の9月。挑戦回数104回もう13年以上経っていました。ものすごく時間がかかってしまいましたが、諦めずに続けて良かったなと思います。やはり、諦めないことって大事ですね!
 

★今後の展望

 
実は、今が一番たくさん練習しているかもしれません笑。
 
満点を取る前は、満点を取ったら練習をやめようと思っていました。しかし、いざ取ってみると、「また満点を取りたい!という気持ちが強かったのです。
 
この気持ちを尊重し、これからも練習を続けていくことにしました次はいつ取れるかわかりませんが、万全のコンディションで取れるようにコツコツやっていきたいです
 
また、日本珠算連盟の暗算十段も取りたいので、そちらの練習も行っています。新たな目標ができたことは自分にとって大きく、良い起爆剤になりそうです。
 

★最後に

 
F0満点までの13年間、たくさんの経験をしました。苦労が多かったですが、諦めずに続けたことで結果がついてきました。これはとても貴重な経験です。
 
現在、子どもたちにそろばんの指導をしています。技術面はもちろんですが、練習で取り組む姿勢や心構えなどは、自分の経験を活かして伝えていきたいです。
 
多くの生徒が、昔の自分よりも上手です。つまり、自分よりも上手くなる可能性は高いですね。あとは、長く続けられるかどうかです。
 
受験等で練習できなくなる時期はあります。そのときはじっと耐え、終わったらまた全力で練習する。練習は休んでいるけれど、後退はしていないのです。
 
好きなことであれば、いつまでも続けるべきです。そろばんは、大人になっても、おじいさんおばあさんになっても続けることができます。僕は、飽きるまでずっとやりたいですね笑。
 
大きな壁は、いつか必ずやってきます。その壁が立ちはだかっても乗り越えていけるように、生徒たちを全力でサポートしていきたいです。
 
そして、自分の暗算のスピードを「もう少し」上げていきたいですね。好きなことなので、いつまでも、いつまでも続けていきます。
 
この記事の締めくくりとして、今までのF0の点数記録を一覧でお送りしたいと思います。長文でしたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
 
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アバカスサーキットF0満点への道のり〜13年間の記録〜【前編】

#154

物事を長く続けるべきか続けないべきか。自分なりに判断していかないといけません。長く続ければ良いというわけではないのです。変化の波に飲まれないよう、行動パターンを柔軟に変えていくことも時には必要です。

ただ、どうしてもずっと続けたいこともあります。僕にとってそれは「暗算」です。2001年5月にそろばんを始め、今年で20周年になります。まだまだ飽きることなく続けていこうと思っています。

さて、アバカスサーキットという通信競技において、1月にF0クラスの問題で初めて満点を取りました。これはずっと目標にしていたことで、この目標を達成するためにそろばんを辞めなかったといっても過言ではありません。

しかし、これまでの道のりは平坦なものではなく、度重なるブランクや引退を経て、今の自分がいます。そこで、せっかくなので満点までの13年間の記録をまとめてみようと思います。その過程で大事だと思ったこと、皆さんにも参考になるかもしれない内容もお送りしたいと思いますので、どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。

尚、アバカスサーキットの問題の難易度については、運営するサンライズ様のサイトを参照ください。

内容が長くなるので、【前編】【後編】に分けました。今回は【前編】です。

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これから、時期ごとのF0の点数一覧を紹介していきます。

見てもらうとわかるように、途中でやめていた時期が何度もありました。それでも少しずつ点数を上げていき、最終的にはめでたく300点の頂上まで登りつめたのでした。それでは、時期ごとに振り返っていきます。

★F0デビューからの軌跡〜中学時代〜

色字は最高点更新、太字はタイ記録

F0クラスは、その下のF1クラスの問題で290点以上取らないといけません。中1の4月に231点でしたが、練習をしまくったおかげで8月に292点を獲得。その次の9月から参加することになりました。

デビュー戦は139点ビリから10番目くらいだったことを覚えています。ビリになりたくなくて、必死に練習しましたね。

特に、中2になってから点数が急激に上昇。この年の「全大阪オープン珠算選手権大会」という全国大会に出場したことが大きかったですね。6桁×5桁の暗算を分割で練習していたのです。

周りの人と比べて上達が遅かったため、5桁×4桁からは分割でやっています。多くの人は一括でやっていると思いますが、自分には難易度が高かったのです。諦めて分割に専念し、少しずつスピードを上げることができるようになりました。

あとは、「周りの人に早く追いつきたい!」という思いが強かったですね。当時練習していた頃の記憶はほとんどありませんでしたが、夢中で問題用紙とにらめっこしていたと思います。

周りの仲間の存在というのは、とても大きいものです。ライバルや上手な人たちがいたから、自分ももっと上手になりたいと常に思うことができたのです。当時一緒に練習していた仲間たちは、皆暗算十段に合格しています(全珠連)。今思うと、とてもすごい環境で練習できていたんだなと…!

誰かと比較する必要はないけれど、刺激を受けることは良いことです。お互いを高め合って成長していくことが、上達への近道なのです。練習環境の良し悪しが上達に大きく影響することを、身を持って感じました。

中2の12月に250点を超えました。1年間で100点近く上げたことは自分でも驚きです。周りの方々には感謝の気持ちしかありませんね。

とはいえ、成長のピークは長く続かず、ここから苦労の歴史が始まります。1年間で100点上げたものの、ここから12年間で50点を上げるための闘いとなるのです。

公立の中学校に通っていたため、中3になると高校受験がありました。練習量が減っていき、なんとか現状維持することで精一杯でした。ここはじっと堪えるしかありませんでした。無事受験で合格し、また練習に復帰することができました。

★孤独な闘いへと突入〜高校時代〜

色字は最高点更新、太字はタイ記録

高校に入り、最高点を更新していきました。高1の4月に270点を突破し、8月からは4回連続の278点。12月にようやく280点を突破しました。

受験でなかなか練習できなかったわけですが、一気に開放された気分でしたね。受験期で頑張っている方には、受験が終わったらぜひとも練習を猛烈にこなしてほしいものです。

さて、この頃から、練習仲間が減っていった印象が強いです。仲間一人ひとりがいつ辞めたのかはよく知りませんが、教室に来る回数は減っていたように思います。中学時代は夜9時まで5, 6人で練習していたことが当たり前だったのが、高校になると1人や2人になることが多かったのです。

仲間の存在。孤独に練習していて初めて、仲間がいることの有り難さがよくわかりました。もちろん、自分なりに目標を立てて点数を上げていったわけですが、仲間がいないと寂しいものでした。環境って大事ですよ、ほんとに。

高校2年の時点で、最高286点までなんとか上がりました。点数を上げることができたのは、自分なりに目標を立て、「290点を目指したい!」と強く思っていたからです。よほど好きなことでないと、この強い気持ちは維持できないかもしれません。しかし、290点になかなか届かず、悔しい思いをたくさんしてきましたね。

そして、ここでもまた大きな壁がやってきました。そう、大学受験です。

高3になり、練習回数は激減。月1回、アバカスサーキットの本番をやるために教室に行っていました。しかし、思うように点数は上がりませんでした。当然です、練習が足りなかったのです。上がるほうがおかしいですね笑。

半年ほど、完全にそろばんから手を引きました。受験勉強をがんばり、納得のいくかたちで大学に進学し、練習に復帰したかったのです。そのためには休むしかありませんでした。

そして、なんとか第一志望の大学に合格。練習を再開していったわけですが、ここで思わぬ展開が待っていたのです…。

★部活や勉強との両立で苦労、そして引退〜大学時代〜

色字は最高点更新、太字はタイ記録

実は、中学高校はずっと帰宅部でした。片道1時間かかる教室に通っていたからです。

それもあって、人と話すことに極度の苦手意識がありました。他人と話が続かないし、話せる共通の話題がなかったのです(今もそうですけど…笑)。友達も少なかったです。この状況を何とかしたいと思い、大学では部活かサークルに入ろうと思っていました。

下記の記事でも書いているように、僕は体育会の卓球部に入ることになりました。初心者なので、当然たくさんの練習が必要でしたね。技術面や人間関係で失敗を繰り返し、辛いこともたくさんありました。結果的には良い経験だったんですけどね。

そして、勉強も当然やらないといけません。部活が忙しくて、空き時間を見つけて何とか課題をこなしていました。電車の中でウトウトして、降りる駅を通り越して乗り過ごしたことは無数にありましたね。

大学という新しい環境で四苦八苦していたことで、当然そろばんに割ける時間は減っていきました。それでも、高校までの実力をキープしつつ、大学1年生の9月に初めて290点を超えました。しかし、そこからは点数がなかなか上がりません…。

大学2年となり、部活の練習量が増加。後輩もできたことで、より一層練習に励む必要があったのです。それもあって、アバカスサーキットでの点数更新はできていませんでした。

そして、2015年3月。大学2年も終わる頃、僕は一つの決断をしました。そろばんの引退です。

点数がこれ以上上がらなかったこと。現状維持すらできていなかったこと。部活に専念しないといけなかったこと。様々な要素が混ざり合って、ついにやめることにしたのです。

達成感もありましたが、悔しい気持ちも残っていました。とはいえ、もう練習することはないだろうと思っていました。

しかし、これでは終わらなかったのです。この続きは【後編】で書きたいと思います。

【後編】はこちら

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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