「嫌われる勇気」を読むー3

#29

今や本屋で見かけないことはない名著として、「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)がありますね。

この本は、僕の今まで読んできた本の中で、最も影響を受けた本の中の一つです。今でも時々読み返すことがあります。

今回は「嫌われる勇気」を読むの第3弾ということで、第三章に書かれている内容を元に、学んだことや考えたことを書いていこうと思います。

前回までの記事をまだ読んでいない方はこちらを読んでからご覧ください。

どんなことが書かれているか?

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0.今回のテーマ

1.課題の分離をせよ!

→課題に介入せず、介入させず

2.承認要求をしない!

→人は思い通りに動くわけではない

3.自由とは何か?

→自分の人生を生きる上での考え方

4.まとめ

 

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0.今回のテーマ

今までの2回の内容としては、

・自分の意味づけ次第で周りの見え方は変わってくる
・他人とは比較したり競争したりしない

という感じでした。しかし、これだけ知っていれば人間関係がうまくいくかというと、そうではありません。

今回の内容は、他人と実際に関わっていく上で大切な、かつとても基本的な考え方を書いていきたいと思います。

テーマは、「承認要求と自由について」です。

みなさんは、「自由とは何か?」と聞かれたら、どう答えますか?

答えは一通りではないと思いますが、アドラー心理学での考え方はこうです。

自由とは、他者から嫌われることである

これを聞いただけではどういうことかわからない人が大半だと思います。そのため、この文章を読んでいくうちに理解していただければと思います。

また、普段私たちは他者と暮らしているわけですが、「自分が認められたい」と思ったことはありますか?僕は今までしょっちゅうありました。特に自分が頑張ったことに対しては認めてほしいと強く思ってしまいますね…。

しかし、アドラー心理学では承認要求を否定します。つまり、「認められたい」と考えてはいけないのです。

このことを理解していくために、大切な考え方である「課題の分離」について、まずは説明したいと思います。

1.課題の分離をせよ!
→課題に介入せず、介入させず

課題の分離」と聞くと、とても難しいように聞こえるかもしれませんが、全然そんなことありません。前にも書いたとおり、アドラー心理学の説明においては、一般の人が理解できないような難解な言葉は出てきません。

課題の分離とは、自分と他者の課題を分けること。そして、他者の課題に介入してはいけないし、自分の課題に介入されてもいけません。

どういうことか…?具体例を挙げます。

例えば、あなたは親であり、子供がいるとします。子供は学校で宿題を出されますが、面倒臭くてやろうとしません。その時、あなたはどう行動しますか?

子供に「勉強しなさい!」と叱り、何としても宿題をやらせる

という行動を取る方は案外多いのではないでしょうか?もしくは、そのように親に言われて育ってきた方が多いのではないでしょうか…?

アドラー心理学では、このような行動を否定します。どう行動すべきか。ここで「課題の分離」という考え方が大事になってきます。

まず行動する前に、「目の前の課題が誰の課題なのか?」を考えます。

具体例では、「宿題をすることは誰の課題なのか?」ということです。

誰の課題かを見極めるポイントは、「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」を考えることです。

宿題をやらないで苦労するのは、当然子供です。つまり、子供の課題なのです。親自身の課題ではありません。よって、親は子供の課題に介入してはいけない。つまり、宿題をやらせようとしてはいけないのです。

そうは言っても、「子供を放っておくことが正しいことなのか?」と思うかもしれませんが、何も「放任主義になれ」とは言っていないのです。

親は、子供を保護する義務があります。とは言っても、むやみに課題に介入すべきではありません。子供には、「何かあれば支援する」と言うことを伝え、後は子供に行動を任せるべきなのです。

子供は宿題をやらなかったことで、学校の勉強についていけなくなります。そんなとき、「このまま勉強しなかったらまずい…」と子供自身が気がつけば、自分から宿題をやろうとしますよね。自発的にやるわけです。親に「やりなさい!」と言われて受動的にやるよりも良いことではないでしょうか?

たとえ親として、子供の課題に手を出して助けたいと思っても、子供の行動を尊重してあげないといけません。難しいことですが、これを守らないと子供は成長していけないのです。

何でも助けてあげていたら、子供が「困ったらどうせ誰かが助けてくれる」という考え方を身に着けてしまい、自分から学ぼうとしなくなります。それは何としても避けたいですよね。

「勉強しなさい!」と言われて勉強したくなるかというと、そうはならないですよね。相手にやらされている感じがしてしまい、気分がよくありません。次回以降にも出てくる、相手を「操作」するという行動ですね。

他人とトラブルの大半は、相手の課題に介入しようとしたり、逆に自分の課題に介入されそうになったりしたときに起こります。

「相手のため」と思って行動しているつもりでも、それは相手を思い通りに行動させたい「自分のため」になっているのです。それを相手も勘付いてしまうので、反抗してしまうんですね。たとえ自分の考え方が完全に正しかったとしてもです。これはあらゆる場面においても言えることではないかと思います。

ここで、次の章以降でも大切な考え方を書いておきます。

あなたは、他者の期待を満たすために生きているのではない
他者もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではない

相手が自分の言う通りに行動しなかったとしても、その結末を引き受けることになるのは相手です。そこは「他人の課題」として区別すべきなのです。

2.承認要求をしない!
→人は思い通りに動いてくれるわけではない

承認要求を求めてしまう背景には、「賞罰教育」があるからだといいます。良いことをしたら褒められ、悪いことをしたら罰せられる。当たり前のように学校で使われるこの手法は、実は人を幸せから遠ざけようとしているのです。(これについては次回以降でも詳しく説明します)

何か良いことをしたら、誰かに認めてほしい。誰かに褒めてもらいたい。そんなことを考えたことがある人は多いのではないでしょうか?僕自身もそういうところは結構あって、それによって周りの視線を気にしてしまうことがありますね。

しかし、良いことをしても必ず称賛を得られるとは限りません。自分の行動を見ていない、あるいはそれが当たり前のことだと思われているかもしれないからです。

ここで、先程にも書いた考え方をもう一度書きます。

あなたは、他者の期待を満たすために生きているのではない
他者もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではない

相手が思い通りに動くとは限らないのです。それを認識していないと、何としても相手を自分の思い通りにさせようと操作しようとするかもしれない。もしくは、認めてくれなかった相手を憎んでしまうかもしれない

上の考え方を認識していれば、気持ちは少しでも楽になります。たとえ良いことをして何も言われなくても、「そういうものなんだ」と考えられます

また、何か物事がうまくいかなくても、相手を責めずに、「こういうことだってある。ここからどうやって立て直していこうか」と冷静に捉えることができるのです。

他人の視線を気にしている人は、他人のことを考えているのではなく、自分のことしか考えていないのです。それは自分も気をつけないといけないことだと思っています…。

 

3.自由とは何か?
→自分の人生を生きる上での考え方

ここまで、課題の分離と承認要求の否定について書いてきました。

そして、改めて大切な考え方をここに書いておきます(3回目笑)。

あなたは、他者の期待を満たすために生きているのではない
他者もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではない

誰かに認めてもらえると思って行動したとしても、周りの人から認められるとは限りません。思い通りに動くとは限らないからです。

また、他人の視線を気にして行動するというのは不便な生活です。自分の意思ではなく、他人に流されて生きるということになるからです。他人に嫌われたくないから、このように行動してしまいます。

このような点から、冒頭にも書いた通り、

自由とは、他者から嫌われることである

という考え方になるのです。

誤解していただきたくないのは、「嫌われるように行動しよう」ということではありません「嫌われることを恐れるな」ということです。

自分の思うままに、自分のやりたいように自由に行動するためには、周りの意見に流されずに自分の信念を貫き通さないといけません。

その過程において、他人から批判されたりすることもあるかもしれません。そこで相手に流されずに(=相手に嫌われることを恐れずに)行動できるかが大きなポイントになってきます。

そして、良いことをしたとしても、それが認められるとは限らない。そういうことを意識し、行動していくことで、真の自由を手にすることができるといいます。

この内容は、文章で書くのは簡単ですが、実際に行動することは容易ではありません。他人に流されずに自分の信念を貫くというのは難しいのです。

難しくて諦めることは簡単です。しかしそれによって他人の視線を気にし、自由気ままに生きられない。自分というよりは、他者の意向に沿って生きることになる。そういう生き方を、あなたはしていきたいですか…?

4.まとめ

このシリーズで何度も書いていますが、アドラー心理学は「勇気の心理学」とも呼ばれています。画期的な考えであるために、実行するのは難しいのです。そこで実際に一歩を踏み出し、行動に移せるかどうか…。

僕もここに書いた内容は実践し切れていませんが、周りに流されずに自信を持って行動できるように、少しずつ実践していきたいと考えています。

1.誰の課題かを考えて分離し、

2.視線を意識しすぎて承認要求せず、

3.嫌われることを恐れずに行動する

今回の内容が多くの方の参考になっていただけたら幸いです…!

長くなりましたが、読んでいただきありがとうございました。

 

次の記事はこちら。

すべての教育は「洗脳」である

#28 

今回紹介する本を初めて読んだのは、今から一年前。もうすぐ大学院になろうとしていた春休み中の時でした。ここまで小・中・高・大と勉強を学んできましたが、それらが生活で活かされているのかなーと疑問に思っていたのです。今まで何をしてきたんだろうと…。

そんなとき、ひょんな事からある会計学校の校長の話を聞く機会があり、教育についての話を聞かせていただきました。その際、今回紹介する本を引用し、今の教育がためにならないことを説明していたのです。

「なるほどなー」とその時に思いましたね。ぜひ読みたいと思いました。

この本です…!

すべての教育は洗脳である
堀江さんの本は何冊か読ませていただいていますが、この本が実は堀江さんの本で初めて読んだ本です。

読んでみると、「そうだよ、そこがおかしいと思っていたんだ!」と思うことが多く、一気に読み終えてしまいました…!

ということで、今回はこの本を読んで思ったこと、考えたことを、以下の内容に焦点を当て、自分の経験も交えて書いていこうと思います。

どんなことが書かれているか?

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1.今の学校は昔からの名残

2.国に対する意識の低下

3.没頭することが学びである

4.希少価値を目指そう

5.最後に

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1.今の学校は昔からの名残

歴史を詳しく説明すると長くなってしまうためざっくりと書きますが、学校というのは元々イギリスでの産業革命がきっかけで作られたそうです。

当時は子供も大人と同様労働力でした。子供は過酷な環境で働かされ、それにより若くして亡くなる方が多かったようです。

そのため、子どもたちの保護や子どもたちの心身の成長を目的として、学校は作られたそうです。ここで注意すべきは、心身の成長といっても「工場で従順に働いてくれる人」を育てようとしていました。当然、学校卒業後はしっかりと働いてもらうためですよね。

この風潮が、今も受け継がれています。つまり会社でしっかり働いてもらうために、協調性を持たせようとしたり、先生の教えを子どもたちに植え付けようとしています

一方で、他人と違う行動をすると怒られてしまいます。または、他人とは違う感性、考えを持っていることもありますよね。そういう人に対して、「周りに合わせて行動しなさい」という教師の厳しい指導が入ります。悪い言い方をすると、個性を潰してしまうような教育が学校で行われているのです。

そういう教育が、果たして今必要なのか?昔からのやり方をそのまま利用していいのか?この本を読んでそう感じずにはいられませんでした。「個性を伸ばす」と謳ってはいても、結局はみんなを均一な人間にさせようとしているのではないかと思ってしまいました…。

だからマイノリティーの人は辛い思いをするのだと思うのです。何かしらの障がいを抱えている人、最近よく聞くLGBTの人など…。そういった人たちも、普通の人と同じように行動しろ、考えろと教え込まれる。そのことに苦しさを感じていた人は少なからずいたのではないでしょうか?

またこの本では、学校が「投資型」ではなく「貯金型」の教育しかしていないと書いてあります。

将来のために勉強しようとか、貯金しようとか、そういうことを教わりますが、それが今、「若い人たちが色んなことに挑戦させることを妨げている原因」になっているのではないかということです。

今はお金がないから無理だとか、○○だからまだ何年かしてからじゃないとだめとか、言い訳ばかりを考えてしまう。自分も失敗が怖くて、いちいち失敗しそうなことを頭に思い浮かべてしまいますね…。

貯金型ではなくて「投資型」。つまり、将来のためではなく、「今」すべきことに時間を使ったり、お金を使う。何が起こるかわからない将来のために、やりたい事を我慢をする必要はないのです。

この考え方は大切だと思い、僕も最近実行するようにしています。欲望そのままに行動することもしばしば…笑。もちろん責任は自分にかかりますが、我慢するよりも「これやりたい!」と思うことに手を出して楽しむ。その方が人生は楽しくなると思いました。

個性を伸ばさない、貯金型の教育。この点が改善されない限り、今後を生きるために必要とされる人材が、学校から出てこないのではないかと思いました。

2.国に対する意識の低下

昔は移動範囲、生活範囲が狭く、日本全体のことを意識することはありませんでした。しかし、今は違います。それどころか、今では簡単に海外に行けるようになり、インターネットで簡単に情報が手に入るようにもなりました。これは革命的なことですよね。

簡単に国境を越えられ、簡単に世界の情報にアクセスできる。もはや自分の生まれた国に対する意識は薄くなりつつあります。かつての「お国のため」という精神はもはや古いのです。また、物を「所有」することから、物に「アクセス」することに重きが置かれるようになっています。

明日からシンガポールに行け!」という警告よりも、
インターネットのサービスを停止する
という警告の方が、私たちにとって深刻ではないでしょうか?日本にいれないことよりも、サービスが行き届かない方が、私たちの生活には影響が大きいのです。

ここでは詳しく書きませんが、今後は世界を飛び回る人と、地元を大事にする人の2つのパターンに分かれるそうです。

3.没頭することが学びである

この点に関しては以前、「ゼロ」という本にも書いてあって重なる部分があるため、簡単に書きたいと思います。

誰でも、好きでない内容を嫌々学ぶのは嫌ですよね。自分が好きなことにはまり、それに時間を費やす方がずっと楽しいです。

日常に目を向けていると、「これはおもしろい」と思うことが何か見つかるはずです。それが自分の趣味や仕事に繋がる場合もあるのです。対象は何でもよく、時間を忘れても楽しめることが自分に合っていることですね。

好きなことだけをやっていて「教養をつけなくていいのか?」と思う人もいるかもしれません。社会で生きていく上で知るべき常識を学ぶべきなのかもしれません。

しかし、嫌々「これは教養として学んでおけ!」と言われても学ぼうとは思えませんし、そういう内容ほど頭には残りません。最低限、自分が必要だと思ったことじゃないと学ぼうとはしないですよね。

本書では、「没頭によって教養は身につく」と書いてあります。没頭しているとき、何かネットなどで調べものをする必要がでてくるはずです。自分で調べるからこそ、その内容は頭に残りやすいですし、今後の生活にも生きてきます。没頭している時に調べた知識が、地に足がついたものとなっていて、それがその人にとっての教養となっていくのです。

大切なのは、自分で能動的に物事について調べ、学んでいくことなんですね。人に指示されて勉強させられるのは、誰だって良い気持ちではありません。

僕も、誰かに支持されて動くのはあまり好きではなく、自分なりにルールを決めて行動することが結構あります。このブログも、誰かに言われて書き始めたのではありません。そして、書き方も自分で考え、自分なりに工夫をしようと思っています。

その方が面白いし、継続して続けられると思います(現にもう一つのブログは3年以上続いていますし…笑)。

ブログを書く上で調べものをしたり、他人のブログを読んだりと、色んなことをしてきましたが、それは自分にとって刺激的で、頭に残っていることが多いですね。夢中で何かをやることの楽しさを改めて実感しました。

ブログを通して学んだことは、決して無駄にならないと思います。他にもそろばんや卓球、カラオケなど、自分からやろうと決めたことには全力で取り組めたし、そこから学べたことは多いように思います。だからこそ、没頭することは大切だなと思いました。

4.希少価値を目指そう

これからの時代、人と同じように行動していては社会でやっていけません。単純作業はAIに置き換えられ、クリエイティブな作業を人間が担うことになります。

他人が思いつかないようなアイデアを思いついたり、他人がやらないようなことに積極的に手を出したりすることは、今後より価値あるものになっていくと思います。

以前成毛さんの本を読んだときも同じことを思いました。

価値ある存在になるために、すなわち社会における「市場価値」を高めていくためにはどうしたらいいのか。本書では、「3つのタグ」をつけて100万分の1の存在になろうという考えを提唱しています。

これについては以前もう一つのブログで書きましたね。

何かの道で「100万分の1」の人材になるのは難しいです。オリンピック選手とか、ギネス世界記録保持者とかでないと無理ですよね…。

そんな高みの立場を目指すのではなく、「100分の1」の人材。つまり、周りより少し優れていることを3つ持っていれば、

100分の1 × 100分の1 × 100分の1 = 100万分の1

の人材となるのです。タグの名前は何でもよく、自分でユニークに考えていいのです。

優れた技術を身につけるために「1万時間を費やす」ということをよく聞きます。もちろんそれくらいの努力も必要ですが、必ずしも長時間かけてタグを身につけようとする必要はありません。

例えば、歌舞伎の養子制度を利用して「○○一門」というタグを身につけることができます。時間をかけずにタグをつけ、それによって着実に成功を収めている人もいるそうです。

また、自分の持っているタグが役に立たず、古くなってしまった場合は、他の新しいものに更新していくべきです。「せっかく○○という技術を持っているから、それを活かして働きたい」と考えてしまうと、行動の選択肢が狭まってしまいます。

3で書いたように、何かに没頭していて自然と「タグ」をつけられることが理想ですね。

僕もなるべく好きなことに打ち込むように心がけています。暗算は今でも少し練習していますし、カラオケももっと上手に歌えるように練習することがあります。そしてブログも、皆さんが読んで良かったと思えるように、日々試行錯誤しながら書き続けています。

小さいことであっても、たとえ社会で役に立つかわからないとしても、少しずつ挑戦していくことから始めていけば、それがいずれ自分にとっての大きな武器になるかもしれません。

将来に役立つかもしれないということを意識しすぎてもいけません。あくまでも、自分の好きなことから極めていくことが大切だと思いました。

5.最後に

ここまでざっと書いてきましたが、いかがだったでしょうか?大切なことをまとめると、

1.貯金型から投資型へ。周りに流されずに個性を伸ばすべき!

2.国そのものを意識することはなくなってきている

3.好きなことに没頭することが学びに繋がる

4.自分にタグをつけて希少価値の存在になるべき

ですね。

生き方に正解はありません。これからの未来がどうなるかもわかりません。自分らしく、自分を誇らしく思えるように自分を磨いていくことが大切だと思いました。

この記事で書けないことはたくさんありました。興味を持った方がいれば、ぜひ本書を読んでみてはいかがでしょうか?

長文となってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

「嫌われる勇気」を読むー2

#27

今や本屋で見かけないことはない名著として、「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)がありますね。

この本は、僕の今まで読んできた本の中で、最も影響を受けた本の一つです。今でも時々読み返すことがあります。

今回は「嫌われる勇気」を読むの第2弾ということで、第二章に書かれている内容を元に、学んだことや考えたことを書いていこうと思います。

前回の記事を読んでいない方はこちらを読んでからご覧ください。

大雑把にいうと、今回のテーマは「劣等感と競争」でしょうかね。

どんなことが書かれているか?

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0.本題に入る前に
→本記事の読み方

1.傷つくことを恐れても意味はない!
→人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである

2.他人と比較、競争はしない!
→比べるべきは今の自分と理想の自分

3.自分を変えるための心理学!
→人生のタスクに立ち向かえるか

4.まとめ

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0.本題に入る前に
→本記事の読み方

偉そうに書いていますが…大切なことなのでお伝えしておきます。

アドラー心理学の内容は画期的で、本を読んでるだけでも充実した気分になります。しかし、実際に書かれた内容を実行していかないと意味がありません。それを積み重ねていくことで、アドラー心理学をより深く理解し、他人にも自信を持って説明できるようになると思います。

この記事には僕自身の体験談などを盛り込んでいますが、ぜひ読者自身の体験談や考え方と照らし合わせながら読み進めてほしいです。それによって自分自身を知る良いきっかけになると思います。僕自身も、この記事を書きながらとても良い勉強になっています。

よろしくお願いします。

1.傷つくことを恐れても意味はない!
→人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである

僕は自分自身のことを、かつてものすごく嫌っていたことがあり、生きている価値があるのか…?と真剣に考えたことがありました…。

要するに、「自分を好きになれない」ということです。しかし、そう考えることには隠れた目的があるとアドラー心理学では指摘します(前回の§2で扱った「目的論」という考え方ですね)。

それは「対人関係で傷つきたくない」という目的です。自分に〇〇という性格さえなければ、△△みたいな容姿でなければ、対人関係は上手くいく、幸せに過ごせる。そう考えてしまいがちです。僕も実際こういう考えをしてしまっていました。

「〜でなければ〜できるのに」という、可能性の中で生きていても前には進めません。自分自身と正面から向き合わない限り解決はしないのです。

そして他人と関わっている限り、傷つかないことなんて基本ありえません。自分と考えが違う人は周りにたくさんいるわけですから、それによって嫌な思いをすることは少なからずあると思います。だから、恐れようとする必要はないのです。

アドラー心理学の中でも画期的な言葉として、

人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである

というものがあります。悩みには常に相手の存在が隠れているという考え方です。内面の悩みはないとすら言っています。

「それはさすがに極端だろ…」と思う人が多いかと思いますが、以降で述べる劣等感や競争といったものは、すべて対人関係が絡んできます。

たとえ孤独であっても、誰かの存在があるからこそ「孤独である」と感じることができます。世界中に自分以外誰も存在していなければ、「孤独」という考え方すら存在しないのです。

とはいってもそんなことはありえません。対人関係があるから悩むこともあるし、一方で幸せを感じることができます。他者との関係をより良くしていくために、次の2と3の内容を知る必要があります。

2.他人と比較、競争はしない!
→比べるべきは今の自分と理想の自分

この部分が今回のメインテーマですね。ずばり「劣等感と競争」についてです。

私たちは生まれてから、徐々に身体的にも精神的にも成長していきますが、生まれた直後の場合、誰かの助けがないと生きていけません。

自分でできないことが多いのです。それをもどかしく思い、劣等感を持ちます。もっとできることを増やしたいと思いますよね。

つまり私たちは、生まれたときは無力の状態のため、無力の状態を脱したいと思い、劣等感を抱いてしまうのです。しかし、劣等感を抱くこと自体は、アドラー心理学では否定していません。むしろ、努力や成長の促進として大切なものだと考えられています。

しかし、自分ができないことに対して言い訳をし始めてしまうのは良くありません

特に誰かと競争をして負けたときに「自分は他人よりも劣っている」とか「○○が足りなかったから負けたんだ」と思ってしまうと、自分自身を肯定できなくなります。

たとえ競争で勝てたとしても、次は負けるかもしれないというプレッシャーがあるため、気が気ではないですね。競争することで、相手を「敵」だと思うようになってしまうのです。

このことは、別に「ライバル」という存在を否定しているわけではありません。共に同じ目標に向かう仲間の存在は大切です。ただ、「誰かに勝ちたい」という気持ちが強すぎると、相手が勝ったときに、素直に相手の勝利を喜べなくなってしまうのです。

僕も兄弟がいるため、競争をしたことはよくありました笑。早く起きてご飯を早く食べ終えようとか、早く走ろうとか、色んなことで
兄と比較していましたね。勝てたときは嬉しかったですが、負けると悔しくて、兄が憎たらしくてたまりませんでした…。

その性格は大きくなっても継続し、やはり自分が勝てずに相手が祝福されているとき、素直に喜べないことが多かったです。勝ってもプレッシャーを感じるし、負けると悔しい。どちらにおいても穏やかな気持ちではありませんでした

この本にはこう書いてあります。「対人関係に競争があると、人は対人関係から逃れられず、不幸から逃れることはできない

まさにその通りだと思いますね。人それぞれ長所と短所は違うわけですから、他人よりも優れていたり劣っていたりするのは当然です。

それなのに他人と比較し、劣等感を抱いてしまうと、人生は生き辛くなります。自分は他人とは違うのです。自分は自分です。自分と向き合い、自分を良くしていくために何ができるのかを考えないといけないですよね。

「自分」と「他者」を比較するのではなく、

「今の自分」と「理想の自分」を比較する

これこそが健全な劣等感であり、正当な努力や成長へと繋がっていくはずです。

他人との優劣はあれど、「同じではないけれど対等である」と考えるべきですね。

勝ち負けにこだわらず、自分なりに目標立て、自分なりに頑張っていく。その姿勢を忘れずに行動すれば、周りの見え方は大きく変わってくると思います。

3.自分を変えるための心理学!
→人生のタスクに立ち向かえるか

アドラー心理学は、他者と比較せず、自分自身の向上に向けて正当な努力をすべきだという考え方です。そして、他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学なのです。

部活やサークルといった、団体行動が必要な環境で人をまとめるという行動は、簡単ではありませんよね。人それぞれ考えが違うため、全員を同じように行動させるのは至難の業です。

しかし、ここで「〜しろ!」と全員に(怒りながら)指図したらどうなるでしょうか?全員が言うことを聞いてくれると思いますか?そうとは限らないですよね。相手の言いなりにされたり、指示されるということに対して、誰もが抵抗を持ってしまうと思います。

やりがちなことですが、組織を改変させるために周りの人たちを変えようとしても、失敗する場合が多いのです。相手を「操作」するようなもので、それによって上記のような気持ちを持ち、不信感が募ってしまうのです。

対人関係を上手くやっていく中で苦労はたくさんあると思います。しかしまずは、「自分が変わる」。これを第一に意識して行動しないと始まらないのではないかと思います。

自分が変われば、他人も影響を受け、自然と変化が生じていくはずです。じっくりと、相手のことを考えながら行動する。難しいことですが、できるようになりたいものですね。

さて、アドラー心理学は

行動面、精神面の目標として、以下のことが書かれています。

[行動面]の目標
①自立すること
②社会と調和して暮らせること

行動を支える[心理面]の目標
①わたしには能力がある、という意識
②人々はわたしの仲間である、という意識

そして、その目標を達成するために「人生のタスク」というものがあります。それは、

・仕事のタスク
・交友のタスク
・愛のタスク

です。「愛のタスク」に関しては、正直まだ理解しきれていないため、ここでは詳しく書けません…。ただ、タスクの難易度としては「仕事≪交友≪愛」のため、「愛のタスク」というのはとても難しいものなのです笑。

「タスク」といってもイマイチわかりにくいですが、「関係」と言い換えるとわかりやすくなります。

・仕事の関係
・交友の関係

つまり、仕事や交友での人間関係を良くしていこうという意味になります。

『仕事』、あるいは『部活動』でもいいですね。上手くやっていくためには、たとえ仲が悪い人がいたとしても、協力してやっていかないといけません。そうでないと結果を出せませんから。仕事や部活の関係が終わると、その人とは「他人の関係」になることが多いです。

一方で『交友』というのは、仕事と比べて長い付き合いをする人との関係をいいます。こちらの関係を作るほうが難しく、時には友達と喧嘩して絶縁になることもあるかもしれません。

このように対人関係のレベルが段階的に上がっていきます。いずれにせよ、私たちが社会的な存在として生きていく上で直面する対人関係のことを差しています。「人生のタスク」については、また次回以降でも出てくるため、その時にまた説明します。

4.まとめ

ここまで長く書いてきましたが、いかがだったでしょうか?

大切なことをもう一度書くと、

1.悩みの中には他人の存在が隠れている
2.他人とではなく、理想の自分と比較する
3.自分が変わるために心理学を学ぶ

です。他人と比較しないというのは簡単ではありませんが、実践したいものですね。今の自分と理想の自分を比較する。より成長していくために無くてはならない考え方ではないでしょうか?

ここまで2回アドラー心理学について書いてきましたが、これだけで人間関係が上手くいくかというと、そうではありません。もっと学ぶべき内容があります。

今後も書いていくので、それらの記事も合わせて読んでいただければと思います。次回は大切な考え方の一つである、「課題の分離」について書いていく予定です。

この記事が少しでもアドラー心理学理解の助けとなっていただけたら幸いです。

長文になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

 

次の記事はこちら。

発達障害は最強の武器である

#26 

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最近よく耳にする言葉として、「発達障害」がありますね。子供の頃から症状が見られ、対策が取られることがある一方で、社会人になってから診断されるということもあります。

周囲の人と同じように行動できなかったり、迷惑をかけてしまう場合があります。周りの人は当然「普通の人」だと思っているため、自分の行動が理解されず、責められる恐れもありますよね…。

「なんでそんな当たり前の事ができないんだ!」などといった言葉が鉄球のように飛んでくる。苦しんだ末に病院へ行き、「発達障害」と診断されると、「そうだったのか…」と安堵する方も多いのだそうです。

発達障害には大きく分けて3つあり、「自閉症スペクトラム障害(ASD)」「注意欠如・多動性障害(ADHD)」「学習障害(LD)」となっているそうです。特徴はそれぞれ違いますが、どれも一般の人には理解がそれほど進んでいません。僕自身もまだまだ知らないことが多いため、少しずつ勉強しないといけないなと思っています。

先日本屋に寄った際に、以下の本を見つけました。発達障害が「武器」になる?どういうことなんだ?と気になってしまい、衝動買いしてしまいました…!

著者の成毛さん自身も、発達障害(著者の場合はADHD=注意欠如・多動性障害)と思われる行動を結構されていたそうで、周りの人たちとは違うということを実感したそうです。しかし、その特性をうまく利用すれば、一般の普通の人よりも価値ある存在になれるということを書いています。

もちろん発達障害で苦しんでいる方がいるのを承知で、著者はこの本を書いています。自分の現状を前向きに捉え、前に進んでいかないといけないことをこの本を読んで感じました。

この本は発達障害を抱えている人も、そうでない人も「なるほど」と思える内容だと思います。

今回はこの本を読んで思ったこと、考えたことを、以下の内容に焦点を当て、自分の経験も交えて書いていこうと思います。

何が書かれているか?~目次~

1.そもそも

2.発達障害と職業

3.障害をうまく利用

4.決して他人事ではない

F.最後に

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1.そもそも

ここでは、誤解してほしくないことを書いておきます。それは、

障害の有無というのが、親の育てられ方やしつけには関係ない

ということです。昔は研究が進んでいなかったため、「子供に障害があるのは親の教育のせいだ」と言われていた頃がありました。実際、そう言われた人たちは苦しい思いをしていたのです。

しかし発達障害といった障害というのは、脳の機能障害によって起こるものであり、育てられ方やしつけは関係ないということがわかってきています。

最近は、同じ障害の子供を抱える親同士の交流の機会も増え、日々どのような子育てをしているかを意見交換できたりするらしいです。それによって育てている親たちの心の負担が軽減されていくため、とても良いことだと思います。

とはいっても、まだまだ世間の理解はそれほど進んでいません。「障害というのは誰かのせいで起こっているわけではない」ということをしっかり覚えておきたいですね。

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2.発達障害と職業

発達障害を持っていると、周りの人とうまくやっていくことが難しく、対人関係や業務の事で悩みがちです。

ADHDの特性としては、長時間同じことを継続できない「多動性」、思ったことをすぐ言動に移してしまう「衝動性」、忘れものをよくする「不注意」の3つの要素があります。人によってどこが強いのかはバラバラですが、仕事選びをする際は、その人に合った職業を見極めたいものです。

もっと適切に言うならば、その人独特の個性を仕事で活かせるような職に就きたいものです。

物事にすぐ飽きてしまう人であっても、ある特定の分野に関しては興味を持ち、時間を忘れて取り組むことができる場合があります。この本ではそのことを「過集中」と呼んでいます。

勉強が嫌いで集中できなくても、YouTubeの閲覧であれ時間を忘れて集中できる。それと似ていますね(ちなみにこれは僕の困った特徴です…)。

著者の娘さんもADHDの要素を持っているそうですが、穀物に関してものすごい興味を持ったそうで、大学生では知らないような知識まで網羅し、商社に無事就職されたそうですね。「配属先決め採用」というものを受けたそうで、穀物に関して詳しい娘さんにとっては向かうところ敵なしだっだそうです笑。

人によって、どんな分野に興味を持つかはわかりませんが、なるべく色んなことに取り組んで挑戦していくことが大切だなと思います。飽きたら無理に続けず、また次の新しいことを始める。趣味がなくて探しているという方にも参考になる内容ではないかと思いました。

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3.障害をうまく利用

何か自分にコンプレックスを抱えているとき、どうしてもその特徴を「排除」したい、「矯正」したいと考える方は多いですね。しかし著者の成毛さんはこう言います。

ADHDはもし矯正しなくて済むものなら、矯正しないほうが幸せに生きられる

矯正しなくてもいい。別に苦しめと言っているのではなく、自分の特性を適切なところで発揮すれば良いという考えです。

成毛さんはマイクロソフト社の社長の頃、ゲームにはまってしまったそうで、家で長時間ゲームをやってしまったそうです。会社に顔を出す回数も少なくなり、何名かの社員は会社を去っていったそうです…。先程も出てきた「過集中」の状態ですね。

退社後は投資コンサルティング会社を設立、その後本の書評サイト「HONZ」を開設します。著者も様々な分野の本を執筆されていて、すごいなと思いましたね…!

色んなことに興味を持ち、色んなことに手を出す。それは一つのことに集中できていないことから良いとは思われていません(多動性ですね)。しかしこれからはそういう特性が貴重な価値になると言われています。

ここ最近の技術の発達というのはすごいです。AI、IoTといった新しいものがたくさん出てきており、今後どうなっていくのかは想像がつきません。そういった新しい情報についていくのは大変ですよね…。

このときに、先程の「多動性」が役に立ちます。世の中で様々な変化が生じたとしても、その都度流行りのものに興味を持ち、夢中になるというのは簡単なことではありません。それができるのであれば、世の中に必要とされる人になれるはずです。

一見悪い点であることも、見方を変えれば良い点になる。自己分析をしていて周りの方にお世話になりましたが、アドバイスとして「短所は長所の裏返し」という言葉をいただきました。

心配性」という短所は、裏を返せば「慎重である」という長所になる。

せっかち」という短所は、裏を返せば「行動が早い」という長所になる。

それと一緒ではないかと思いましたね。だからこそ、自分の特徴を知り、適切な場面で活かしていくことが求められます。

就活のときに「自己分析をしよう」と言われますが、就活に限らず誰でも行うべきだと思います。それによって普段の行動を変えることができるし、短所も上手く活かせるのではないかと思います。特に大学生の方はすぐに自己分析するべきだと、この本を読んで感じました。

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4.決して他人事ではない

僕自身も大学に入ってから、新しいことをたくさん始めました。高校まではそろばん一筋だったのですが、大学に入り卓球部に所属したり、カラオケに行くようになったり、ギターを練習してみたり、ボルダリングをやってみたり、読書をしまくったり、ブログを書いたり、小説を執筆したり…。思えばたくさんのことをやっているなと思います…笑。

特に、文書を書いて発信することが好きだということが最近発覚し、ブログなどは毎日書いても飽きませんね…笑。

そういう面でいうと、僕は三要素の中の「多動性」を持っているなと思います。物事の優先順位を守れないこともあるため、良くも悪くもありますけど…。

皆さんの中にも、もしかしたら三要素のどれかの特性を持っているかもしれません。たとえ目立った特性がなく、社会とそれなりに上手くやっていけても、周りの人とは違う面があるかもしれません。

一般の人であっても、発達障害の要素を少しは持っていると思うのです。発達障害の方だとその要素が強すぎて、周りの方とのトラブルが起こりやすいですが、「発達障害である人が、そうでない自分とは全く違う存在なんだ」と考えることは間違っていると思うようになりました。

多くの人にも、発達障害の一部の要素が含まれている。障害のある人を「特別な人」と捉えないことは大切ではないかと思いました。

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F.最後に

ここまで書いてきましたが、いかがだったでしょうか?「障害」というのは悪影響しか及ぼさないものだと考えがちですが、必ずしもそうではなくて、適切な場面で良い効果を発揮できる場合があるのです。

すべてが上手くいくわけではありませんが、ネガティブに捉えないでしっかり向き合い、できることをやっていくことが大切だなと改めて感じました。

そして、世の中にはいろんな方がいます。誰かの欠点を頭ごなしに否定するのではなく、その欠点をどう上手く活かしていけるかを考えることが大切ですし、周りの人と円滑な人間関係を築いていく上で必要な考え方だと思いました。

この本は著者の経験談がたくさん書かれており、とても読みやすく、すぐに読めてしまいました笑。ここに書き切れなかった内容は多いため、興味を持った方はぜひ本書を読んでいただけたらと思います。

長文でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

P.S. 今回、障害の「害」という字を平仮名にしませんでした。文字数が増えてしまうことと、本書のタイトルと合わせたことが背景としてあります。ご了承ください。

「嫌われる勇気」を読むー1

#25 

今や本屋で見かけないことはない名著として、「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)という本がありますね。

この本は、僕の今まで読んできた本の中で、最も影響を受けた本の一つです。今でも時々読み返すことがあります。

知らない人向けに書きますと、アドラー心理学という心理学を、易しく解説した本になっています。アドラーというのは、19〜20世紀を生きたオーストリア出身の心理学者です。精神科医や社会理論家でもあります。

内容は青年と哲人二人の対話形式になっており、アドラー心理学を知らない読者は、青年の立場で本を読み進めることができます。まるで目の前に岸見さんがいて、対談しているような感じがしますね。

今回、Facebookでアンケートを取らせていただきました。読んでいる方がどれぐらいいるか知りたかったからです。協力してくださった方、ありがとうございました。(Twitterの方は予期せぬエラーのため、アンケート結果が消えてしまいました。大変申し訳ございません…)

読んだことがある 6票(ただし自分の票を含む)
読んだことがない 10票

この結果だと、有名のわりには意外と読んでいない方が多いようです。

僕はこの本を読んで本当に良かったと思っていて、このブログでも発信したいと思っていました。

一度の投稿で本の内容すべてについて書くことはできないため、何回かに分けてこれから書いていこうと思います。

今回は「嫌われる勇気」の冒頭及び第一章を読んで考えたことを、今までの自分の経験談を交えて書いていきたいと思います。

~どんなことが書かれているか?~

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1.世界はシンプル
→複雑だと思うのは主観の世界で生きているから

2.原因論ではなく目的論
→トラウマは存在しない

3.人は変われる
→ライフスタイルを自ら選択しているから

4.まとめ

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1.世界はシンプル
→複雑だと思うのは主観の世界で生きているから

私たちの身の周りでは、色んなことが起こっています。勉強に苦労したり、友達と喧嘩をしたり、失恋したり…。

テレビのニュースでも、交通事故や殺人事件といったネガティブなニュースが流れてきます。一方、芸能人の結婚や景気回復など、明るい話題もありますね。

あなたは今、生活していてどう感じていますか?

「毎日が楽しい」、「嫌なことがあってしんどい」、「仕事にやりがいが持てずやめたい」。そんな様な気持ちがあると思います。

辛いことがあると、「どうして自分はこんな辛い目に合わないといけないんだ」「自分は恵まれていない」といったことを考えがちです。将来に希望が持てず、生きていくことに苦しさを伴ってしまいます。

しかし、アドラー心理学では「世界はシンプルである」と表現しています。今自分が生きている世界というのは、自分の視点から見える世界です。「景色をレンズ越しに見ているようなもの」と考えるといいかもしれません。

ものは考え様によって変わってくる」と言われますがまさにその通りで、主観的に物事を見ていることで、人生が楽しくも、苦しくも思えてしまいます。あくまでも世の中はシンプルで、自分の考え方次第で周りの景色は大きく変わるとアドラーは言っています。

高校時代、部活をやっていないこともあって友達がほとんどいませんでした。他人とコミュニケーションを取るのが苦手で、「何を話したらいいんだろう?」といつも悩んでいました。

周りの人は明るい性格で、容姿の優れた方もおり、異性の人と楽しく話している光景が教室でよく見られました。それを見ると、羨ましくてたまらなかったことを今でも思い出します。

どうして自分はこんなにもちっぽけな人間なんだろう。どうしてこんなに苦しい思いをしないといけないんだろう。

当時は切ない気持ちでいっぱいで、生きていくことに楽しみがありませんでした…。

今思うと、勇気を踏み出して行動せず、不満だけを言っていたんだなと思いますね。現状を何とか変えるために、できることをやらなかった。それが大きな原因でした。

このような辛い経験があったからこそ、大学では何とかしようと思い、体育会の部活動に所属しました。色んな体育会の方々との交流もありました。苦労も多かったし、たくさん迷惑はかけてしまったけれど、大学での経験は本当に価値があったと思えます。

同時に、自分の中のムシャクシャした気持ちが段々と解消され、他人と関わることの楽しさを知ることができました。高校では体験できない、違った世界を味わえていると思います。

後の内容にも関係しますが、

何があったかではなくどう解釈したか

が大切で、自分の行動次第で周りの環境は変えられるということを忘れないようにしたいです。

2.原因論ではなく目的論
→トラウマは存在しない

目的論という考え方は、アドラー心理学を理解する上で欠かせない内容です。

「論」と書いていますが、そんなに難しい内容ではありません。僕なりに解説すると、

原因論→過去の出来事が原因で今の行動が決まってくるという考え方

目的論→何かしらの目的を持つことで行動が決まってくるという考え方

アドラー心理学では目的論を唱えています。

例えば、今問題になっていることとして「引きこもり」があります。過去にいじめを受け、外に出るのが不安で出られない状態ですね。

普通、「不安だから外に出られない」(原因論)と考えますが、アドラー心理学では、「外に出たくないから不安という感情を作り出している」(目的論)と考えるのです。この考え方は画期的ですね。

なぜこのような考え方をするかというと、過去の出来事によって今の行動が必ず決まるわけではないからです。つまり、原因論を否定しています。

いじめを受けた人が、必ず引きこもりになるかというと、そうではありませんよね。中には自分を変えたいという気持ちを持って外に出て、活躍されている方もいらっしゃいます

外に出ると、また傷つく恐れがある。家にいれば、親などが心配してくれて、手厚く保護してくれる。そんな気持ちや思惑があるのかもしれません(人によって違うと思いますが)。

僕は受験期の夏休み中に熱が出て、一週間程寝込んでいた時期がありました。毎日暑い中高校に通い、勉強していた疲れが出たのだと思います。

家にずっといるようになると、外には出たくなくなります。僕の場合、外に出るとまた暑さにやられるかもしれないため、勉強せずに家でゆっくり寝て、親においしい食事を作ってもらえる生活が続けば嬉しいなーと思ってしまいましたね…。

しかしそういう生活を続けていくわけにはいきません。受験で失敗する可能性が高くなってしまいます。このままではまずいと思い、元気になったときに外出を再開させました。

僕の例はそんなに大したことがないかもしれませんが、行動の裏に「どういう目的があるのか」を考えると、自分を深く見つめる良い機会になると思います。あくまでも、過去の出来事は考えないのです。

そのため、過去の出来事が原因となって行動できなくなる「トラウマ」というのを、アドラー心理学では否定しています。1章でも書いた通り、

何があったかではなくどう解釈したか

過去に縛られず、今の目的を考えましょうということですね。なかなか実践するのは難しいですが、とても大切な考え方だと思います。

3.人は変われる
→ライフスタイルを自ら選択しているから

1・2で、捉え方によって周りの見方が変わり、過去に縛られずに今の目的に目を向けるべきだということについて書きました。

さて、私たちは小さい頃から親に育てられ、成長してきました。家庭よって子供の個性が違ってきます。性格も大きく違ってくるでしょう。

性格というのは、家庭の環境に大きく影響を受けます。中には自分の性格が嫌で変えたいと思っている人もいるかもしれません(僕もその一人です)。

周りに「もてている人」がいると、自分もあんなふうになりたいなーと思ってしまいます。特に高校時代、僕は劣等感の塊だったかもしれないですね…。

しかし、「誰かと同じようになる」というのは無理なのです。自分は自分でしかない。自分を受け入れるしかありません。とはいっても、変わりたいと思っているなら、自分を変えていく必要があります。

アドラー心理学では、性格のことを「ライフスタイル」と呼んでいます。思考や行動の傾向を差し、もっと広い意味ではその人の「世界観」や「人生観」を含みます

「○○という性格がある」と言うよりも、「○○という世界観がある」と言ったほうが、○○の部分は変えることができるように思えませんか?

「性格」だと変えにくいイメージがありますが、「ライフスタイル」と唱えることで、いつでも変えることができるということを訴えています。

誰かに生まれ変わることはできない。だから自分自身を自分で少しずつ変えていこう。

必要なのは(今ある状況を)交換ではなく(今ある状況を)更新する

ということですね。

多くの人が変わりたいと思っているかもしれませんが、実際は変われていません。どうして変われないのでしょうか?

それは、「変わらないという決断を下しているから」です。

今の自分であれば、多少不満があれど、これからの生活を不安なく生きていけます。自分を変えるとなると、多くの不安に襲われます。今までの経験は役に立ちません。変えるためには、大きな「勇気」が必要なのです。

アドラー心理学は、「勇気の心理学」とも言われています。勇気を出して行動できるか。それによって大きく変わってきます。

よく「○○が自分にはできるかもしれない」と思いつつも、行動に移せない場合があります。可能性の中で生きていては変われません。たとえできなかったとしても、挑戦しないといけないのです。

失敗しても前に進めます。改善し、立て直すことも可能です。昔の時代のように命が取られることはありません。失敗してもいいのです。

そういう理由があって、僕は今回新しい挑戦を始めました…!

4.まとめ

ここまで長く書いてきましたが、いかがだったでしょうか?

大切なことをもう一度書くと、

1.自分次第で周りの見え方が変わってくる
2.過去に縛られず、今の目的に注目する
3.勇気を出して自分自身を更新していく

これまでの人生に何があっても、今後の人生をどう生きるかには影響しない。私たちは、「いま、ここ」を生きている。

アドラー心理学は「常識へのアンチテーゼ」とも言われますが、一つずつ理解していけば、とても素晴らしい内容であることがわかってきます。

僕の理解を深める意味もあって、今回書かせていただきました。この内容を読んで、本書を読むきっかけになっていただけたら嬉しいです。

次回も(いつかわかりませんが)書きます。意見、感想等あればコメントしていただけると有り難いです!

読んでいただきありがとうございました。

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