「先僕」を見て思ったことー4

#13 

櫻井くんが主演を務めるドラマ「先に生まれただけの僕」、通称「先僕」。このドラマを見て思ったことを書いていこうと思います。

過去の投稿については…

第一話

第二話

今回は第三話の続きです。

前半の投稿はこちら

学校で学ぶ内容は将来必要なのか

「微積とかって勉強して将来何の役に立つの?」

高校数学を学んでいてると誰もが思う疑問ではないでしょうか?特に内容がわからなかったり、学んでいて楽しくなかったら、勉強そのものが嫌になって上記のような事を考えてしまいがちです。

僕は特に高校時代、国語と世界史が大嫌いでした。国語だと、「なぜ古文や漢文という意味不明の文字を学ばないといけないのか」ということを常に考えていました。古文漢文をやるくらいなら、日本文学などを読んだ方がまだましだと思いますね。世界史も、カタカナの地名や人の名前を覚えるのが嫌で、テストで最低限の点数を取れるようにしか勉強していませんでした…。

科目にもよると思いますが、教師は「何のためにその科目を学ぶのか」という質問に対して、適切に答えられないといけないなと思いますね。生徒も目的を持って学びたいと思いますし、学んだ先にある今後の展望などがわかればモチベーションも高まります。

数学に関しては、全てが役に立つとは限りませんが、論理的思考力を養う上では非常に大切な学問です。自分で考え、適切な行動をしていくことが必要です。

日常生活には数字がたくさんでてきます。その数字に惑わされないで生きるためには、その数字が何を表しているのか、どういうことを意図しているのかを理解しないといけないですよね。それをしっかり理解するために、数学で学んだ思考力が活かされるのではないかと思います。

就職活動でも、適性検査(SPIなど)で論理的思考力を問う問題があります。高校で学んだ数学の問題が出てきます。文系の人からすると、苦手な数学に就職活動でも立ち向かわないといけないので、かなり大変だと思います。

しかし、適性検査で問われるということは、それが社会で生きていく上で必要だからということなので、「数学なんてわかるわけがない」と言っていても何も始まりません。

高校で学んだ内容をすべて勉強し直せ、というわけではないですが、就職活動や日常で何か判断を下さないといけない時などに、数学で学んだ力が活きてくるのだろうと思います。高校数学を学ぶことは無駄ではありません。とは言っても僕はまだ学生で、実際に社会人として働き出していないので、どこでどう役に立つかはよくわかりませんが…。

僕の考えていることが正しいとは限りませんが、上記のような事を各教科の教師が生徒にしっかり説明できたら良いですよね。意外と説明できる教師は少ないのではないでしょうか?

例えば数学の教師であれば、教師自身が昔から数学が好きだったから、数学を学ぶ理由を深く考えてきたことはなかったかもしれないですね。後は、教師の多くが社会に出て働いた経験がないので、社会でどう役に立つかを説明するのは難しいのかもしれません。

教師として、生徒に何を伝え、どんな能力を身に着けて欲しいのか。それを意識して生徒と向き合うことの大切さを改めて実感しました。

しかしそもそも、勉強して本当に役に立つのかと思わされる科目もたくさんあります。僕の場合は、上に書いた古文漢文や世界史。将来絶対使わないであろう内容をどうして学ぶ必要があるのでしょうか?

・昔から学習内容として含まれている
・大学入試で必要になる

上の2つを説明してくる場合がありますが、これで納得する人は少ないと思います。問題は「将来その勉強内容が役に立つかをどうか」ということですから。

僕は自分の興味があることしか頑張れないタイプで、嫌いなことや苦手なことに挑戦しようという気持ちになれませんでした。高校の国語の時間では、いかに内職をするかをよく考えていました(笑)。

「社会に役に立つための勉強」

と明確に言える科目は数少ないと思います。無理に好きではない科目を学ぶ意味はないと思います。いやいや取り組んでいる時間が勿体無い。その時間を自分の好きなことに使えたらどれだけ充実することか。せめて自分の興味のあることに没頭したいものです。

今の学校は、昔からの伝統を引き継いでいる。江戸時代の頃から寺子屋というものがあり、日本人は読み書きを学ぶことができた。現在識字率が他国に比べて圧倒的に高いのは、過去のそんな歴史があったからでしょうね。

とは言っても、激動の時代に生きている現在、昔と変わらない体系で子どもたちに教育し続けるというのは無理があるなと思いますね。学校のやり方に馴染めない人が出てくるのは当然です。それは部活動などにおいても同じように言えることだと思います。

この記事を書いていると、次の本を思い出します。初めて読んだホリエモンの本です。

すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論

全ての教育は「洗脳」である

この本に書かれていた内容には本当に共感しました。学校に通わせる目的は、生徒を会社の言いなりになるように指導すること。イギリスで産業革命が起こり、子供が労働力になっていた頃に、学校というものはできた。

当時できたその学校の特徴が今も受け継がれ、現在の子どもたちを洗脳している。「洗脳している」と言い方は言いすぎかもしれないけど、日本の場合、教科書は国の検定を通ったものしか使用できない。国の都合の悪い内容は教科書に書いていない。学ぶ内容を国が決めて、制限している。

このようなやり方は先進国では珍しいようです。東欧の国では、教科書を何にするかは学校が独自に決めているそうです。最近テレビで見たのは、ある私立学校が歴史の教科書を採用した際、「その教科書は使うな」という批判の問い合わせがたくさんあったということ。この行動は、

「この内容だけを生徒に教えろ」

という圧力で、洗脳に他ならないのではないかと思ってしまいました。

また、最近は道徳を教科にしたということがありましたね。成績がつけられるようになりました。これは明らかにおかしいのではないかと思ってしまった。

人それぞれ考え方は異なる中で、「〜が正しい考え方だ」といったことを植え付けるのであれば、それは個性を潰すことになるのではないかと。個性を伸ばすと学校では謳っているのに、矛盾しているように思える

学んではいるけれど、この科目って学ぶ意味ある?と疑問に思う人は少なくないと思います。伝統に引きづられず、時代にあった内容を教えるべきだと思うのですが…なかなか進んでいないみたいです。

学校の教員が大変な苦労をしていることも改善されてほしい。前の投稿でアメリカの教育体制のやばさを書いたが、

日本の教育が改善されないままだと、教員になりたい人は減り、どんどんと悪化してしまうのではないかと思います。課題はたくさんありますね。

長々書きましたが、教育についてはみんなで考えていかないといけない一生のテーマだなと思います。

明日の放送も楽しみです。興味のある方はぜひ見てみてください!

読んでいただきありがとうございました。

 

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